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  • 第5回 クマガイタツロウさん(2013年2月)

    第5回のパーソナリティインタビューは、ラジオ関西60周年テーマソング「なかよくしようよ」をうたっているワタナベフラワーのクマガイタツロウさんです。現在、『ワタナベフラワー紅白ラジオ』(火・19:00~)、『コザック前田のガガガガ青春ラジオ』(木・26:30~)、『ワタナベフラワー練乳ラジオ』(土・27:30~)と、なんとレギュラー3本を抱える人気者です。


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    ラジオ関西では、なんと3番組でレギュラーとなっているわけですけど、それぞれどんなクマガイタツロウなんでしょうか?

    最初は3つとも違うことが出来るのか悩んだんですけど…。
    『紅白ラジオ』は以前、宮根誠司さんから「9時台は大きい声でガヤガヤやるのがええで~」とアドバイスをもらったので、ギターのイクちゃんと二人でワイワイやっています。
    『練乳ラジオ』は以前はメンバー4人だったんですけど、夜の3時台に時間移動をしたのを機に一人しゃべりに変えました。今までは人頼みなところがあったのであえて一人に挑戦したんです。時間が時間なので眠れない人と対話するような、修学旅行の夜の会話のようなテンションを心がけています。
    『ガガガガ青春ラジオ』は前ちゃん(コザック前田)がメインということで、彼の話に補足をしたり、広げたりという役をしています。

    どれも、間違いなくクマガイタツロウであると。

    そうですね。どれも僕の中にあるものですね。
    『ガガガガ青春ラジオ』は前ちゃんがメインということで、危険な方向に話が行きがちなんですけど(笑)そんな話も出来るし嫌いじゃないし、そんなブラックなクマガイタツロウが聴けると思うし、『練乳ラジオ』はいじめられていた中学校のときの自分なんですよ。

    だいたい文化祭とかで大きい声出して、ワーワー言ってるようなやつ好きじゃなかったんです。

    いじめられていたんですか?

    いじめられていたというより、学校に通っているときはたとえば、みんながダウンタウンのコントのマネをして盛り上がっているのを横目に、笑点の三遊亭好楽さんの話をするようなやつだったんです。だいたい文化祭とかで大きい声出して、ワーワー言ってるようなやつ好きじゃなかったんです。

    ええっ! ワーワーいってるやつって、まさに今のクマガイタツロウでは?

    そうです(笑) でも当時は暗かったんです。ただメインストリームにいなかっただけで、好楽さんとか小遊三さんの話が出来るヤツとか友達は多かったと思います。

    まわりが「スゲ~」って言ってくれるんで、「俺、これでいけるんちゃうん~」って。

    バンドを始めたきっかけはなんだったんですか?

    18歳のときにベースを始めたんですよ。学園祭があるからということで友達から勧められて。X JAPANとかのハードロックが好きだったんですけど、J-POPやパンクなんかに比べて、結構ハードロックって難しいじゃないですか? でもコピーしてみたらメッチャうまかったんですよ自分。そのうちラリー・グラハムとかコピーして。

    ラリー・グラハムって、チョッパーベースの神様じゃないですか。かなり本格的ですね。

    なぜか、出来たんですよ。まわりが「スゲ~」って言ってくれるんで、「俺、これでいけるんちゃうん~」って。
    でも、サッカー始めたときも「俺、Jリーグいけるんちゃうん~」て思っていたので、たぶん勘違いやったんやと思いますけど(笑)

    でも、今は音楽で生きていけていますよね?

    いつごろ音楽で行こうと決心したんですか?

    19歳のときですね。大学時代にフラれた勢いで、九州を一週する旅に出たんです。寝袋とギターを持って。1月だったんですけど、南に行ったら暖かいだろうと(笑) ギター弾けないので弾けるやつを無理やり連れてって、ストリートライブの稼ぎだけで九州一周しました。
    でも帰ってきたら、大学から通知が来てて“このままだと卒業できない”と…。それを見た親父がキレて「音楽と大学どっちが大事なんだ!?」と聞かれて「音楽」と答えたら、「家から出てけ~~!」って。
    その日のうちに家を出て音楽だけで生きていこうと決断したんです。

    そもそもボーカリストになったきっかけは? ベーシストになろうとは思わなかったんですか?

    大学のときにメンバーを集めたんですけど、そのときは弾けもしないギター担当だったんです。得意なベースはなぜかやろうとは思わなかったですね~。なぜか…。他のメンバーは顔のいいヤツを集めて、やっぱりバンドは顔でしょって思って(笑)
    でも歌っている曲は、「♪ゴミはゴミ箱にきちんとブン!ベツ!」みたいな曲をやってたんですけど(笑)
    そのときのボーカルがB’z好きだったんですよ。どうしてもB’zっぽくなって、ちょっとちゃうなって。で、自分で歌ってみたんです。それがボーカルになるきっかけですかね~?

    「そうだ!パンクに対してパンクしよう」と思いついて、今のようなところに着地したんです(笑)


    ▲「神戸ストラット」の歌詞に出てくるプレスリー像

    今のワタナベフラワーのスタイルはどんなところから?

    CD屋さんでバイトしているときに、出会った人からいろんなジャンルの曲を教えてもらったんですよ。スカ・レゲエとかテクノとかいろいろ。だから昔はとても実験的な音楽をやっていましたね。携帯電話のプッシュ音やドアの開閉音を楽器にしたり…。
    で、当時の格好は金髪でピアスというもろパンクスというスタイルだったんですけど、よく考えたらパンクスというレールに乗っかっちゃっているだけということに気づいて、「そうだ!パンクに対してパンクしよう」と思いついて、今のような「♪ゴミはゴミ箱にきちんとブン!ベツ!」みたいなところに着地したんです(笑)

    なんか、お手本になるようなものはあったんですか?

    最初はイングウェイ・マルムスティーンみたいなバカテクに走りそうになったんですけど、THE HIGH-LOWSの「オレメカ」という曲を聴いて「あ~これでええんや」と。こんなシンプルでおもしろいラブソングがあるんやと。子供からお年寄りまで楽しめるシンプルな音楽をやることが、僕らにとってのロックなのかなあと思って…。

    そもそも、ラジオ関西との接点は?

    ワタナベフラワーのツアーをやるときに、何か面白いことできないかな~と、当時のマネージャーがラジオ関西の知り合いに、相談しにきたのがきっかけです。「ライブの前にアナウンスとか入れたらおもしろいんちゃう?」みたいになって、ラジオ関西で収録させてもらった素材をもってツアーをまわったんですよ。
    そんなことがきっかけでラジオ関西まつりにも呼んでもらったんです。そのときの打ち上げで、お世話になっていた若いプロデューサーがベロンベロンに酔っ払って、ラジ関のお偉いさんの前で「今後、ラジオ関西を引っ張っていくのはこの男しかいません~~っ!!!」とかやっちゃって(笑)
    いやいやちょっと待てよっと思ったけど、なんやかんやで番組を持つことになったんです。

    実は18歳のときから思い描いている夢があって、それは甲子園球場でワンマンライブをすることなんですよ。


    ▲「神戸ストラット」の歌詞に出てくるキリン

    今後の野望はなんですか?前から公言しているとおりやっぱり紅白出演ですか?

    紅白出演はあくまで、通過点なんです。実は18歳のときから思い描いている夢があって、それは甲子園球場でワンマンライブをすることなんですよ。自分が西宮生まれなんで、小さいときから甲子園球場からもれてくるTUBEやJUDY&MARYなんかのライブの音をお金がないので外で聴いていたんです。いつか自分でここでライブするぞー!って思いながら。
    あと、クマガイランドですかね~。

    えっ?? クマガイランド??

    遊園地好きなんですよ。昔、近所に阪神パークがあったんですけど、ホントに大好きで、無くなった時にとても悲しかったんですよ。僕の手で阪神パークみたいなものを造りたいなと。地元でなにか夢のあることがしたいんです。
    あとは……ミスターラジオ関西になることですかね~(笑)

    ワタナベフラワーNEWシングルリリース!
    ■発売日:2013年1月16日(水)
    ■CDシングル:『なかよくしようよ』
    ■3曲入/\1,000(税込)/THCH-003
    NHKみんなのうた『てんとうむし』に続く、待望のNEWシングルがついに完成!ラジオ関西開局60周年テーマソング『なかよくしようよ』他、ドリカム以来の通天閣公認ソング『ハイ!通天閣』を含む全3曲を収録したCDシングル!絶賛発売中!
    詳しくは → http://watanabeflower.com