ピックアップパーソナリティー

動画メッセージ

第8回 谷五郎さん

― ラジオ関西でのパーソナリティ歴が2014年で24年目に突入します。ラジオ関西とはどういう出会いだったのですか?
この仕事をする以前は、高砂市農業協同組合(現JA兵庫南)に勤めながら、ラジオ関西の深夜番組でブルーグラスの30分番組に出演していました。その時、ラジオ関西のディレクターに声をかけてもらい、おもいきって農協の仕事を辞め、この世界に入りました。
当時はバブル時代。世間でも“デューダ”という言葉が流行り、私の周りも転職する人が増えていました。農協を辞めるには不安しかありませんでしたが、嫁さんは「やりたいならやってみたら?」と後押ししてくれましたね。「アカンかったら屋台引いてラーメン売ったらいいやん」と言ってくれました(笑)
確かに、先の事を考えて不安になってもしょうがない。何事もやってみないと分からないですよね。

今までと全く違う仕事に対する“ワクワク感”はもちろんありました。

― そうなんですね。
新たな世界に飛び込む時はどんな気持ちでしたか?
今までと全く違う仕事に対する“ワクワク感”はもちろんありました。
喋るのは昔から好きで、おもいっきり自分を発揮できそうな気がしていたので、この世界を魅力的に感じていたのだと思います。
でも、初めは何年くらい務まるかと思いながら続けていました。
― 昔からこの世界に魅力を感じていたのですか?
番組作りは例えるなら、宝塚歌劇団と同じです。宝塚歌劇団でいうトップスターが番組のメインパーソナリティ。
そのパーソナリティをメインに立てて、スタッフ全員でチカラを合わせて一つのものを作り上げる。
その一体感には魅力を感じていました。
― なるほど…。では、この23年間を振り返っていかがですか?
最初のうちはめちゃくちゃしんどくて、辞めたい、向いてないかもしれないなどと思った時もありました。覚えることが多いのはもちろん、自分自身変わらないといけない所も多く、“楽しい”より、“しんどかった” と感じるほうが多かったです。
でも続けているうちにどんどん楽しくなっていきました。キャリアを積んでいく中で楽しめるようになったのでしょう。
今はとても楽しいですね。

毎日ゲストと1時間半フリートークするコーナーを経験したおかげで、誰とでも話せる自分になれました。

― これまで出演された番組で、印象的なエピソードはありますか?
初めてパーソナリティを務めた番組も少し慣れてきたころ、阪神淡路大震災が起こりました。あの経験が大きな転換期となったと思います。
震災直後は、仕事もなくなり終わりだと思いました。自分はこれからどこへ行ったらいいのかとも思いましたね。
でも奇跡的にラジオ放送がすぐに再開できたので、全壊の社屋の中で放送を続けました。仮社屋ができるまでは、毎日社屋が崩れるようなメリメリという音がしていて、本当に恐かったですね(笑)
― では、印象的なコーナーはありますか?
震災以降は時代も転換期で、ラジオ関西も番組数が減り4時間30分のロング番組を担当していました。その中で毎日ゲストと1時間半フリートークするコーナーがあったのですが、そのコーナーではとても鍛えられましたね。このコーナーを経験したおかげで、誰とでも話せる自分になれました。
それと、「谷五郎のこころにきくラジオ」のルンバdeゴローのコーナーでは、1000回を記念して、遊園地のジェットコースターで旋回(1000回)しながらルンバを歌ったこともありましたね(笑)
絶叫ものが苦手なのでとても恐い体験でした。

カメラは持って行きません。旅行先での風景は心で覚えておきます。

― 話は変わりますが、谷さんといえばブルーグラス。
どのような出会いだったのですか?
出会いは、受験勉強をしながら聴いていたラジオの深夜番組でした。
当時、ブルーグラスとは知らなかったのですが、いい音楽だと思ったので探していました。
その後、大学に入学した時のサークルの勧誘演奏で偶然聞き、そこで初めてブルーグラスということが分かりました。
本当に奇跡的な出会いでした。
― 今年もリスナーの皆さんと一緒に海外旅行に行かれましたが、今までで「ここは良かった!」という印象的な場所はありますか?
1994年に行った第1回目の北欧ツアーは印象的でした。リスナー100人と行ったのですが、雨も降らず、快晴。景色も最高に綺麗で印象的です。もう一度行きたい場所ですね。
それと、2013年にも行きましたが、パリは何度でも行きたい場所です。おしゃれで雰囲気が良いので、何度行っても全くあきないですね。
― 谷さんは旅行にカメラを持って行かれない事で有名ですが…?
そうですね。カメラは持って行きません。旅行先での風景は心で覚えておきます。
が、やはり忘れますね(笑) 写真を見れば旅行を思い出すので撮ったほうが良いのかもしれませんが、持っていきませんね。

今まで以上に“おもしろく楽しく物事の本質に迫っていく”そんな番組にしたいですね。

― 昨年60歳を迎えられ、まだまだ元気な谷さんですが、日課などはありますか?
基本的に週に4〜5時間を目標に歩いています。
月曜日からスタート、日曜日にリセットする計算で、一度に長時間歩くというわけではなく、ラジオ関西に来る途中、家に帰る途中で遠回りするなど、日々の生活の中で少しずつ時間を増やしていきます。
歩いた時間を頭の中でストックして計算しているので、大変。目標をクリアした週や日曜日になると覚えなくていいので、気持ち的に楽になりますね(笑)
万歩計をつければいいんですけどね、邪魔くさくて(笑)
― 今後挑戦したいことなどはありますか?
もう一度大学に行って勉強したいですね。
今度は自分の興味のある、「芸術とは」「宗教とは」「人間とは」など、物事の本質的な部分に触れる内容を勉強したいです。
でも、つきつめて勉強すると、全ての物事が“人間とは何か”ということに繋がるのかもしれませんね。
― 最後に、毎週月〜木曜日13時からお送りしている「谷五郎のこころにきくラジオ」も4月から一部リニューアルされました。今後の意気込みを教えて下さい。
月、火曜日のアシスタントも変わり、新たな番組になっています。今まで以上に“おもしろく楽しく物事の本質に迫っていく”そんな番組にしたいですね。取り上げる情報の本質が少しでもみえたり、理解できる番組にできればおもしろいですよね。
“人”が起こす行動へのヒントにつながるような番組にしていきたいと思っています。
プロフィール
谷五郎
谷五郎

兵庫県高砂市出身。5月13日生まれのA型。
1976年、高砂市農協(現JA兵庫南)に就職。職員として15年勤務。1976年、ブルーグラスバンド「ゴローショー」結成。1991年、パーソナリティに転職。
現在、ラジオ関西『谷五郎のこころにきくラジオ』(月−木13:00〜16:00)にてパーソナリティを務める。