ピックアップパーソナリティー

動画メッセージ

第9回 ばんばひろふみさん

― フォークシンガーばんばひろふみさん。皆さんもご活躍はご存知ですが、バンバンが思うフォークソングの魅力って何ですか?
フォークソングの魅力は歌う楽曲に縛られないというところだと思います。例えば、演歌やシャンソンなどはスタイルがありますよね。
それに比べ、フォークソングは何を歌ってもいい。自由で、自分の色が出せるものだと思います。ジャンルやスタイルに縛られないのがフォークソングの魅力ではないでしょうか。
歌手として大切にしていることはありますか?
若いときは上手く歌わないといけないと思っていましたが、今は「歌っているのは自分。他の誰でもない!」という気持ちが強いです。
最近は歌の意味も考えるなど、歌と向き合う姿勢がかなり変わってきましたね。
そう思うキッカケが何かあったということですか?
年を重ねていく中で、仲間がどんどん欠けていきます。死んでしまえば、新しいものは何も生み出せない。
自分もあとどれくらい歌えるのか分かりません。だからこそ一回一回、思い入れをもって歌っています。今ある状況を大切に、前向きに生きたいという気持ちが、以前より強くなってきました。

自由な発想、発言ができる環境が今でもラジオには残っています。そこがラジオのいいところ。

― フォークシンガーでありながら、ラジオパーソナリティ歴も40年以上…!パーソナリティとしても大切にしていることはありますか?
自分を飾らないということ。
ラジオは耳で聴くだけで映像を伴わないこともあり、リスナーは少しの違いにもとても敏感です。毎週聴いてくれているヘビーリスナーはちょっとした違いでも気づき、メッセージをくれます。
自分を良くみせようとするといつかはバレるし、自分自身もたいへん!
“ボクはこういう人です!”とオープンにし、興味があれば聴いてもらうというスタンスで放送したほうが長く続くし、やっていて楽しい。
正直に自分をさらけ出すことが大切だと思います。
― バンバンにとってラジオとは?
ラジオは僕のライフワークの一つです。18歳のころから今までずっとラジオパーソナリティを続けています。
ラジオはテレビと違って自由で本当におもしろい。昔担当していた深夜番組は本当にむちゃくちゃでしたね(笑) でも、自由に放送していたことが同世代の若者にはウケたんだと思います。
自由な発想、発言ができる環境が今でもラジオには残っています。そこがラジオのいいところ。今後もラジオパーソナリティは絶対にやり続けたいと思います。

1000回も放送ができているということは、リスナーの皆さんに支持されているということ。「おかげさんで」という感じです。

― では、「ばんばひろふみ!ラジオ・DE・しょー!」について聞かせてください。6月20日の放送で通算1000回目を迎えます。
これまでを振り返っていかがですか?
1000回ですか…。オタカ(増井孝子)と松下里美ちゃんの3人でスタートして、曜日や時間帯が変わったり、金曜日に引っ越してからは吉次(露の吉次)が入って…。
カウントしながら番組をしていないので、1000回と聞いても、客観的に見てしまいますね。あまり自分がやってきたというリアリティがありません(笑)
基本的に、「今日の放送がどうしたらおもしろくなるのか」を考えて番組を放送しています。その積み重ねで、気が付いたら1000回になっていたという感じですね。特別なものだとは思いません。
ただ、1000回も放送ができているということは、リスナーの皆さんに支持されているということ。本当にありがたいことです。「おかげさんで」という感じです。
― 番組で嬉しかったエピソードを教えて下さい。
この番組は阪神・淡路大震災の年(1995年)の4月に「土曜バンバン やってもいいかな!?」としてスタートしました。番組のコンセプトを考えている時に、「暗い話はやめて、被災地に笑いを、明るい笑顔を届けたい」と思いました。そこで考えたのが、“早朝の深夜放送”。
放送がスタートして、聴いている方から「不謹慎だ」というお叱りがあるかと思い、正直に言うと恐い部分もありました。
でもそんな声はなく、「聴いていて楽しい」という意見をもらえた時は嬉しかったですね。やって良かったと思いました。
― では、反対に大変だったエピソードはありますか?
番組の放送時間が変わり、長時間放送していたことがありました。日本一とはいきませんでしたが、8時間の生放送をしていた時は大変でしたね。
マイクがあるとはいえ、スタジオの中では大きな声を出しています。それを長時間続けると、のどへの負担がとても大きかった。
それにエコノミー症候群になるかと思い、1部と2部の合間にウォーキング、2部と3部の合間にシャワーなどの気分転換もしていましたね。結構キツかったです(笑)

パーソナリティがおもしろいというのは大前提。それと同じくらい、相方との相性というのは大切なことなのです。

― 出演者の方々の仲の良さはラジオを通しても伝わってきますが、まずは増井孝子さんとのエピソードなどあれば教えて下さい。
オタカとはとても古い付き合いで、彼女が22歳の頃から知っています。本当に気心知れた仲という感じでしょうか。
オタカは関西女性パーソナリティの重鎮といわれるほどの人。でもこの番組ではパーソナリティの僕の前には絶対に出ない。必ず僕の話を聞いてくれます。それがこの番組が長く続いている秘訣の一つではないでしょうか。彼女が寛大でいてくれるので、僕が自由にいられる。お釈迦さんの手のひらで動く孫悟空みたいな感じ。本当にオタカのおかげです。
― なるほど…ではそんな増井さんに「今、伝えたいこと」はありますか?
「あなたがいないと僕は番組をできない」ということでしょうか。あんなに自由に僕をパーソナリティとして泳がせてくれる人はいません。
番組を作る上で、パーソナリティがおもしろいというのは大前提。それと同じくらい、相方との相性というのは大切なことなのです。二人の関係性でどんな番組になるのかが決まるので、そんな相手と出会うのはとても難しいことなのです。そういう意味では、僕はラッキーですね。
― では、続いて露の吉次さんとのエピソードはありますか?
吉次は出会った頃はどうしようもないヤツでした(笑) 番組の食事会で彼が出演者として初めて参加した時も、ベロベロに酔っ払って挨拶もまともにできてなかった。それを見て、ダメだと思いました(笑) もう少し自覚を持ってほしかった!
でもある時から急に変わったのです。それは彼が結婚をしたとき。その頃から責任感ができたようで、出演者としての自覚も出て、おもしろくなり始めました。そう思うと、吉次は遅咲きの人ですよね。
今は落語家がバラエティに出演することも多いですが、彼は本当に不器用な人。本職は古典落語を語る落語家なので、バラエティ番組などは苦手なのだと思います。最近はようやく番組でも個性が出てきて、本当におもしろくなってきましたね。
― 吉次さんへも伝えたいことはありますか?
きっと彼にとって落語という芸もこれからが勝負で、芸風や人間性が磨かれていく時期に入ってきたと思います。自分の家庭もでき、守るべきものもある。これからどう変わっていくのかが楽しみですね。不器用なところが彼の良さでもあるので、今のままいってほしいです。本当に今後が楽しみです。

今まで以上に“おもしろく楽しく物事の本質に迫っていく”そんな番組にしたいですね。

― そんなお二人と、今後やりたいことはありますか?
番組ではリスナーとのキャッチボールをしていて「おもしろい!」と思ったものをコーナーにしてきました。こちらから何かを発信するだけでは、リスナーも聴かされている感覚になってしまう。常にボールを投げ合ってないとダメだと思うのです。
なので、僕が何かに挑戦したいというより、リスナーとの掛け合いで「おもしろい!」と思った時に新しいものが生まれる。そういう意味ではフリースタイルですね。
― では、最後に今後の意気込みを教えて下さい。
2000回はできないと思います(笑)。目指しますが…倒れるまで頑張ります!
プロフィール
ばんばひろふみ
ばんばひろふみ

京都市東山区祇園出身。2月20日生まれのB型。
1969年「ジャッケルズ」を結成しプロデビュー。その後「バンバン」を結成。1979年、自らが作曲を手がけた「SACHIKO」が大ヒット。
現在、ラジオ関西『ばんばひろふみ!ラジオ・DE・しょー!』(金9:00〜11:45)にてパーソナリティを務める。