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遊児のひょうごぶらり歩き!

「遊児のひょうご『町』歩き」番組内容

コメンテーターの西條遊児が、兵庫県内の『町』のさまざまなスポットを巡り、レポートします。

  • 2017年10月15日(日) 17時57分

    「西條遊児のひょうご町歩き㉛」10月16日(月)放送

    小雨が降ったり止んだりした1012日(木)に、兵庫県太子町を南北に走っていた播電(ばんでん)鉄道の跡を歩いてきました。
    播電鉄道とは明治42年から走っていた軽便鉄道で、軌道の幅が新幹線と同じ標準軌ということで、鉄道ファンの間では知られた存在のようですが、私は残念ながら知りませんでした。
    太子町立歴史資料館館長の田村三千夫さんに案内していただくべく、JR網干駅で合流して、そこから北へ移動していきました。

    「昭和9年までしかなかったので知らない人が殆どでしょうね。播電は網干港から北へ伸びて太子町を通って龍野、最終的には新宮まで行ってました。もともと龍野の醤油や播州素麺を船で運ぶために作られたんですが、姫新線ができてからは船で運ぶより列車の方が便利やということで、姫路まで荷物が運ばれるようになって経営が悪化して昭和9年からバス運行になりました」

    「なるほど。で、播電の走ってた跡は今でも残っているんですか?」

    「所々にしかなく、ほとんどわかりませんね」

    と言うことですが、取りあえず線路沿いに西へ歩きます。

    網干駅は姫路市にあり、少し歩いて太子町に入ったところに、昔ここに国鉄をまたぐ跨線橋があったという場所にきました。と言っても田村さんがいるから分かるんで、単なる普通の場所です。
    ただ線路の南側を見るとJRをまたぐ陸橋が建設中でした。

    「この跨線橋には今では信じられないようなエピソードがありまして、新宮に止めていた電車が勝手に動き出して、止めようとしても脱線したらいかんし、まあ跨線橋まで行ったら止まるやろうと思っていたら、そのままの勢いで網干港まで行ってきれいに止まったということです(笑)。その他、当時の火力発電で力が弱かったので、跨線橋を上り切れず男性の乗客が後ろから押していったという話も残っています」。

    そんな話を聞きながら北の方へ歩きます。

    県道が通っていて糸井というバス停があり、恐らくこの辺りに播電の停留所があったようです。

    これは当時の糸井駅周辺を走る播電です。

    (写真提供太子町)

    近くに「糸の井」というの井戸があり、この水で墨をするときれいな字が書けると言われ、播磨10名水のひとつだったそうですが、今は井筒に鉄の蓋が置かれて中を見ることができません。
    さらに北へ行くと播電の車庫の跡があるのですが、ここも今は畑になっていて畝の間にその跡が残っているだけで、これも言われてみないと分かりませんねえ。

    畝の両側に見えているのが点検のための通路で、兵どもが夢の跡という感じでした。

    近くに太子山という小高い山(今は太子山公園)があり、昔この辺り一帯は播電鉄道が経営する「太子山遊園地」があって西播磨一のレジャーランドやったそうです。

    (写真提供太子町)
    今は山の上に聖徳太子の銅像が建っているほかは何もありあせんが、昔はお化け屋敷があったりメリーゴーランドがあったり、夜はこうこうとイルミネーションが輝いてえらい目立ったでしょうね。

    「この聖徳太子の太刀が無くなったことがありましてね、恐らく劣化して落ちたと思われるんですが見つからないので新しく作りました。元の刀の形がよくわからず、こんな物だろうと…(笑)」

    山の下の広場には昭和51年に蒸気機関車のD51(デゴイチ)が設置され、竹下内閣時代の1億円創生事業のお金で植えた桜の木200本は今もきれいに咲き、町民のお花見の場所として親しまれています。

    公園の中に児童館があり、そこを借りてお昼の弁当を食べました。

    美(み)の里(り)弁当」といって太子加工合同組合が作っている弁当です。
    太子加工合同組合は太子みそを初め、地元のものにこだわったものづくりをしており、弁当もその一つなんです。

    「私たちは太子みそやこうじにこだわっていまして、例えばとりのから揚げは塩こうじに漬け込んで下味を付けていますし、野菜の上には柚子こうじを添えました。この玉ねぎは玉が小さくて営農組合が困っていたものを使っています。ご飯は勿論太子町のお米を使っていますし、煮しめも昔からの地元の味を守っています」と代表の長谷川壽子さんが話してくれました。
    組合はこの夏に太子みそを原料にした「太子みそふりかけ」を発売しています。

    今回の町歩きの目的とは少し違いますが、ご案内いただいた田村さんがおられる歴史資料館が近くにあるので、帰りがけの駄賃にと言えば失礼ですが、ちょっと見学をしてきました。

    斑鳩寺の聖徳殿を模した八角形の建物で2階建てです。
    入口を入った所がドームになっていて非常に開放的な感じでした。

    2階へはゆるやかなスロープになっていて、壁面に太子町と日本の歴史が現代から古代にわたって書かれてあり、着いたところが展示室です。

    平成5年にオープンした建物でよくてきた建て方だと思いました。

    最後に祭りのシーズンですので祭りにまつわる話題をふたつ。
    「太子あすかふるさとまつり」が11月3日に開かれます。
    あすかホールができたのを記念して出来た祭りで、今年で23回目になります。
    ホールを中心に色んなパフォーマンスがありますが、目玉は斑鳩寺をスタートしてあすかホールまで徳太子など飛鳥時代の扮装で歩く「時代パレード」と、3810個のマッチ箱でつくった聖徳太子のアート作品「マッチ箱アート」です。


    太子西・東両中学校の美術部の70人が作った横336センチ、縦230センチの大作で、地元の神戸マッチが箱を提供してくれました。
    作品の下に書かれた生徒たちのメッセージがいいですね。

    もうひとつは「おたいしマルシェ」が1210日に斑鳩寺境内で開かれます。
    40の手作り商品のブースやカレーやハンバーグの人気店の屋台などがあり、3年前から年に2回開かれている新しいイベントで、年々ファンが増えているそうで、前回はお寺に用意している駐車場が一杯になりました。
    ちなみに斑鳩寺の住職さんが駐車場係をするそうですよ。