乗客106人が死亡したJR福知山線脱線事故は25日、発生から16年を迎えた。事故車両が最後に停車したJR伊丹駅(兵庫県伊丹市)。3両目に乗り重傷を負った増田和代さんは、発生時間に合わせて「祈りの杜(もり)」がある尼崎市の事故現場の方角を向き、静かに黙とうした。
2005年4月25日、抜けるような青空だった。増田さんは母とともに、当時開催されていた「愛・地球博(愛知万博)」へ向かうために快速電車に乗車。事故で腰の骨を折るなど重傷を負った。その後、PTSD(心的外傷後ストレス障害)や過呼吸、パニック障害… 10種類以上の睡眠薬や抗うつ剤が手放せない生活が続いた。今でも日常生活で救急車のサイレンの音が聞こえてくると、あの惨状がよみがえる。忘れたくても、あの風景が襲い掛かってくる。
辛く、苦しい毎日から救ってくれたのは1匹のシーズー犬 「ゆめ」 との出会い。もともと犬好きで「癒やしになるかもしれない」と飼い始めた。無邪気な「ゆめ」が増田さんを救う。薬の量が減り、笑える自分がいた。2009年にはトリマー(犬の美容師)の資格取得に励み、専門学校に通い皆勤賞。無事資格も取れ、伊丹市内にドッグサロン”yume &fairy”を開業、この春、8周年を迎えた。
しかし、母は病に倒れ、 昨年7月に帰らぬ人となった。新型コロナウイルスの感染拡大の影響で2年連続で慰霊式は中止に。増田さんは風化への危機感から風船を青空に放つ、ささやかな慰霊式を企画した。「地上はコロナで大変ですよ。安心安全な世の中に早くなりますように」母のみならず、事故で亡くなられた方々に自ら記したメッセージ。 「悲しみ、苦しみをともにくぐり抜けてきた。母がいる天国に届くかな」。一番空高く上がったのは母に捧げたハート形の赤い風船だった。「あの日」 と同じ、鮮やかな青空に吸い込まれて行った。