遠い昔に亡くなった人の「姿」がそのまま残っている「ミイラ」。南米、エジプト、ヨーロッパ、オセアニア、そして日本のミイラ42体を集めた特別展《ミイラ 「永遠の命」を求めて》が、大阪市住之江区の大阪南港ATC Galleryで開かれている。2021年9月26日(日)まで。
ミイラは、20世紀に入り世界各地で学術的な調査が行われ、その背景には独自の文化があったことが明らかになりつつある。特別展では、最新の技術でわかってきたミイラの実像や地域によって異なる死生観などに迫る。
南北アメリカのインカ帝国時代、ペルー北部のチャチャポヤス地方で発見されたミイラは、先祖の遺体を布で包まれている。布を縄で何重にも縛っているのは、姿勢を保つための工夫とみられている。
ミイラ文化というと古代エジプトが有名。この地域は気温が高く湿度が低いことからミイラづくりや保管には理想的な環境だった。ミイラづくりの手法は最初から確立されていたわけではなく、長い年月をかけて進化した。ミイラは4000年にわたって作られ、この間、王から庶民まで1億5000万人がミイラになったとされる。古代エジプトの歴史はミイラとともにあると言える。
古代エジプトが統一される以前の先王朝時代には、遺体を布にくるんで砂漠に埋葬する風習があり、急速に乾燥することから条件がよければミイラとなった。
ピラミッドや太陽神殿が建設された古王国時代には、内臓を摘出するという技法が開発され、頭部には生前の顔を模したマスクも被されるようになった。そして新王国時代にはミイラづくりの技術が確立されたと考えられている。その後、古代エジプトがギリシャやローマ人の支配を受けたグレコ・ローマン時代に、その技術は大きく変わり、ミイラの仕上がりよりも表面の装飾に力が注がれるようになった。古代エジプト人にとってミイラになることは、来世で幸福に生きるために必要不可欠であると考えられていたことが、「死者の書」からわかった。
またヨーロッパやオセアニアでもミイラが発見されている。
日本では、江戸時代の遺跡から自然にできたミイラが数体発見されている。また仏教思想に基づき、即身成仏を望んだ行者、または僧侶のミイラのことを「即身仏」として崇拝の対象にする考えもあり、大切に保管されている。会場ではその姿も見ることができる。
◆特別展 ミイラ 「永遠の命」を求めて
会期 2021年7月10日(土)〜9月26日(日)
※会期中無休
会場 大阪南港ATC Gallery(ITM棟2F)(大阪市住之江区南港北2-1−10)
※会場では人が密となる状態を避けるため 滞留制限を実施
※新型コロナウイルスの感染状況によって開催内容に変更が生じる場合あり
【ATCオフィシャルサイトより】