2つの時代、過去と現在を結ぶのが、ゴウ、テラシン、淑子の三人。ただ単に“過去”と“現在”に分けることのできない時間軸を、どれだけ感じることができるかで、この映画への「のめり込み方」は変わってくるような気がする。
リアルタイムでその時代を生きてきた人なら、この三人に自分の人生を重ね合わせることで、時の流れを愛おしく感じることができるだろう。若い人なら、ゴウの幻の監督デビュー作の脚本に新たな可能性を夢見る勇太のように、今を生きていることに前向きな価値を見出そうとするのかもしれない。
ゴウが脚本に盛り込んだ、スクリーンからスターがこっち側に飛び出してくるという手法。古くはバスター・キートンの「キートンの探偵学入門」や、退屈な日常を送る客席の主婦・ミア・ファローのところへスターのジェフ・ダニエルズがスクリーンを抜け出してやってくる、ウディ・アレン監督の「カイロの紫のバラ」……そんなファンタジックな展開を山田洋次監督は最高に素晴らしいシチュエーションで用意してくれる。
もともと、志村けんが演じるはずだった現在のゴウ役、すでに撮影が始まっていた2020年3月29日、彼が新型コロナで亡くなり、さらには感染拡大防止のため撮影中断も余儀なくされた……。その後、親友の沢田研二が代役をかって出て、映画はやっと完成にこぎつけた。ザ・タイガースのジュリーから、「太陽を盗んだ男」(1979)での主演を経て、俳優としても映画やドラマや舞台でも活躍してきた、今年72歳の沢田研二。実に素晴らしい! まったくのダメ親父だけど、映画だけは愛して止まないというゴウ役は、心に残る名演だ。でも、もし、この役を志村けんが演じていたら……という思いはぬぐえない。そこここに、志村けんの幻を見てしまうのは、私だけではないだろう。
若き日のテラシンを好演した野田洋次郎が、「撮影所のあの雰囲気を音にできないか」という思いで作った、RADWIMPS fest. 菅田将暉の主題歌『うたかた歌』も、心を打つ。
そう、この映画のすべての細部に、キネマの神様は宿っているのだ。(増井孝子)
※ラジオ関西『ばんばひろふみ!ラジオDEしょー!』、「おたかのシネマdeトーク」より