広島の演劇祭に演出家として招かれたとき、主催者側の規則で手配され、家福の車の運転手となったのが渡利みゆき(三浦透子)。どこかとらえどころのない、無口で笑顔のない彼女は、心に大きな傷を負っているかのようだった。
妻を突然の病で亡くし喪失感を抱えながら生きる悠介も、同じく心の傷、妻に対しての疑惑やわだかまりを抱えていた。
車という決して向き合うことのない空間の中で、時間の経過とともに二人の距離感は変化し、後ろの席から助手席に座るようになる悠介。
演劇祭の舞台を飾るのは、世界各国からオーディションを受けに来た俳優たちが、多言語で作り上げていくチェーホフの『ワーニャ伯父さん』だ。
そのオーディションにやってきた俳優の高槻耕史(岡田将生)は、以前、「仕事でお世話になっている関係」で、音と一緒に悠介の舞台公演の楽屋を訪ねてきたことがあった。ここに現れたのは偶然なのか? 妻とは、仕事の上だけの付き合いだったのか? それとも……。
見たくないもの、考えたくないこと、知りたくないけど知らなくてはならない、向き合わなければならないこと。逃げずに向き合うためには、わかり合うためには、言葉に出して伝え、相手の言葉を聴かなくてはならない。心を研ぎ澄ませれば、手話で語る韓国人女優イ・ユナ(パク・ユリム)の声さえも、聴こえたような気がした。