“人生の金メダリスト”とは……。競技の舞台裏にある、選手それぞれの人間ドラマを伝えています。総監督を河瀬直美が務める、映画『東京2020オリンピック SIDE:A』が6月3日(金)、全国公開されます。
2021年に開催された東京オリンピックの公式映画で、ドキュメンタリー2作品のうち先に公開される第1作です。
新型コロナの影響で国民のほとんどが中止や延期を望んでいたこと、史上初の1年延期と無観客開催、多額の費用、組織委会長・開会式制作関係者の辞任や解任、ドーピングやバブル方式の問題、断ち切れない政治利用、アメリカのテレビ放送に合わせた競技時間設定……などオリンピックをめぐる論点は数多く挙げられますが、この「SIDE:A」は表舞台に立つアスリートたちの心模様をつむいでいます。
一方、6月24日に公開される「SIDE:B」は大会関係者・一般市民・ボランティア・医療従事者ら非アスリートたちに焦点をあてているそうです。
「SIDE:A」は東京オリンピックをテレビ中継とは全く違う視点で伝えます。
例えば開会式。無観客開催として国立競技場のスタンドは空席でしたが、ドキュメンタリーのカメラは競技場の場外を映します。「オリンピックは中止しろ」というプラカードを掲げて集まった大勢の人たち。また、上空に打ち上がる花火や無数のドローンで丸く作られた地球を眺め、スマホを掲げて喜ぶ群衆。整理にあたる警察官。こんなにたくさんの人が場外で式の“ライブ感”を見つめていたのだ、と分かります。
娘を出産してすぐに東京オリンピックに出場したカナダのバスケットボール女子代表のキム・ゴーシェ選手。アスリートとして、母親として、どちらも全うしたいと望みます。母乳で育てようと「オリンピックに赤ちゃんを連れていくことを認めて欲しい」とインスタグラムで訴え、IOCから認められました。夫と赤ちゃんが選手村近くのホテルに滞在し、キム選手が授乳したり、夫がPCR検査のため赤ちゃんの唾液を苦労して採取したりする姿をクルーが追っています。
対照的な存在としてスクリーンに映し出されるのは、育児のために代表から退いた日本のバスケットボール女子・大﨑佑圭選手。母親としていつも子どもの近くにいる生活をしたいと決断し、現役引退を選びました。同じ“母親アスリート”として大﨑選手とキム選手が言葉を交わすシーンが印象に残ります。
公式競技として久しぶりに復活し、また消えてゆくソフトボール女子の日米両チーム。ブラック・ライブズ・マター運動が世界中に広がる前から黒人差別に強く抗議し続けてきたハンマー投げ選手。このほかイラン出身の柔道選手が、世界選手権でイスラエルの選手と対戦するのを避けるために国から棄権を命じられ苦悩し母国を離れる姿や、体操・跳馬の女子代表としてソ連・ドイツでメダルを獲得した選手が母国のウズベキスタンでメダルを狙いたいと東京オリンピックに出場する様子、日本・柔道男子の大野将平に密着した映像など、個々の選手をクローズアップして「競技に勝つよりも、人生に勝ちたい」というテーマを浮き上がらせています。
フランス政府から芸術文化勲章「オフィシエ」を授与された河瀬監督ですが、この「SIDE:A」は今年のカンヌ国際映画祭・クラシック部門で上映されました。この席で河瀬監督は、東京オリンピックの開催が1年延期されたことで、「映画の撮影時間が5000時間にもおよび、映像を見るだけでも大変だった」と明かしています。また、上映後にフランス人観客が「素晴らしい映画で心に刻まれた」と感想を話したのに対し、「本作はドキュメンタリーでカメラ位置ひとつ取っても自分の思う場所に置けず、ストーリーを作ることも難しかった。その言葉で、自分の作家性が失われていないと信じることができるのでありがたい」と喜びを語りました。
オリンピックの公式映画は、1912年の第5回ストックホルム大会以来ずっと撮影されてきたそうです。今作にはナレーションは一切ありません。メダルを掲げる場面は出てきません。人間の生命の輝きを記録した映画。『東京2020オリンピック SIDE:A』は6月3日(金)公開。(SJ)