若い世代の彼らは、“PLAN 75”という制度に携わる側の者として、それまでは何の疑いも迷いもなく、それぞれの職務を淡々とこなしていた。しかし、制度を越え、高齢者と生身の人間として触れ合う中で、やがて制度の理不尽さに気づいていくことになる。年齢で命の線引きをするという、人間性や尊厳を踏みにじる、その理不尽さに……。
監督・脚本は早川千絵。ニューヨークの美術大学で写真を専攻、映像作品は独学で制作し、短編作品でいくつかの賞も受賞している。本作の出発点も短編『PLAN 75』だった。短編版は、是枝裕和監督総合監修により2018年に公開されたオムニバス映画『十年 Ten Years Japan』を構成する5本のうちの1本に採用された。今回が長編映画デビューで、この作品は、2022年のカンヌ国際映画祭の「ある視点」部門に正式出品。初長編作品に与えられるカメラドールのスペシャルメンション(次点)に選ばれている。
長編は、短編からはキャストを一新し、物語も再構築されている。何といっても、9年ぶりの単独主演となる倍賞千恵子が圧倒的な存在感だ。今月の29日で81歳。女優としてのキャリアは60年を超え、今も精力的に活動中。多くの作品の中でも、寅さんの妹“さくら”役はやさしさと愛に溢れた素晴らしいハマリ役。そして、この映画のミチも、決してかわいそうな高齢者ではなく、「(映画を)観た人が自然と好きになり感情移入してしまうようなキャラクター」が求められたというなか、まさにその期待に応えたミチ像を描き出している。
高齢者が社会からはじき出され、自ら死を選ぶ、選ばざるを得なくなるというのは、現代の“姥捨て山”かと思う人もいるだろう。深沢七郎の小説を原作とし、映画化された『楢山節考』(1983年)が頭をよぎる。老人は70歳になったら山に捨てられるという寒村の風習。山に捨てられる老女と、母を自らその運命に送り出す息子の心の葛藤を描いた。今村昌平が監督を務め、当時47歳の坂本スミ子が鬼気迫るほどの役作りで主演した同作は、奇しくも、1983年のカンヌ国際映画祭で、パルム・ドールに輝いている。
じつは、『楢山節考』の最初の映画化は1958年公開の木下恵介監督版で、主演は当時51歳の田中絹代だった。ヴェネツィア国際映画祭のコンペティション部門に出品され、受賞こそ逃したものの、あのフランソワ・トリュフォー監督(『大人は判ってくれない』『突然炎のごとく』『華氏451』など)が絶賛したというので有名な作品。
少子高齢化は喫緊の課題。新型コロナ以後、自己責任論の蔓延など、とくに弱い立場の人たちに優しくない社会の在りようが殊に顕著になってきた感があり、この先に希望はあるのか? と、心がひりつくような毎日。その中で、この映画に一筋の希望を見出せたことは、他人ごとではない年齢になった身としては、本当によかった! と心から思うのだ。(増井孝子)
※ラジオ関西『ばんばひろふみ!ラジオdeショー!』、「おたかのシネマdeトーク」より
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