担当検事の説明では、捜査段階で複数の医師の意見を聞き取る中、尚子さんの死因について「殴打(男性からの暴力)によるくも膜下出血」とするものもあったが、中には「事件前から尚子さんの脳に動脈瘤(どうみゃくりゅう)があり、その破裂などの影響も否定できない」とする意見もあった。しかし、起訴できない最大の問題は「男性の正当防衛がなかったとは言えない」点だったという。
裕子さんは「過剰防衛ではないのか」という疑問を抱いたが、この点についても、当時の状況から、男性の行為が反撃(正当防衛)の限度を超えていたと言い切れるのか、という壁があった。
実は事件の約2か月前、2015年11月8日に、尚子さんは神戸市内で男性から暴行を受け、生田警察署(神戸市中央区)へ傷害事件として被害届を出していた。この頃から尚子さんは、「(男性から受ける)暴力は絶対に許せない」と話していたという。裕子さんは母親として、娘のこの言葉が忘れられない。
「話せば理解できる子なのに……なぜ男性は暴力を振るうのか」。尚子さんは絶対に被害届を取り下げないと決めていたという。
2人のけんかは絶えず、事件当日のタクシー内でも言い争いになっていた。遺族代理人の片田真志弁護士は、2人のこうした関係性を鑑みれば、2人が対等に暴力を振るい合ったとは考えにくいとの疑問を検事に投げかけたが、「過去のエピソードから事件当日の経緯について推認はできない」という回答だったという。
裕子さんが再捜査を申し立てた数日後、検察幹部はラジオ関西の取材に対し、「ご遺族の思いに応えるべく、しっかり検討したい。しかし確たる目撃証言や、現場の状況をとらえた証拠がない場合、起訴したとしても、そこに犯罪事実があったとは言い切れず、有罪と認定されることは難しい」と答えていた。
遺族代理人の片田弁護士は、裁判官の経験がある。会見では検察官の立証責任に触れ「仮に男性が起訴され、正当防衛を主張した場合、検察官が『正当防衛でないとすれば、どのような状況で、どのような力加減で暴行をしたのか』が立証できなければ、公判維持は難しい」と冷静に答える一方、もどかしさを感じている。
そこには、疑わしきは罰せず、疑わしきは被告人の利益に……刑事裁判の大原則が大きく立ちはだかる。
だからこそ裕子さんは、新たな証拠を見出すまで、決してあきらめないと前を向く。悔しさ、寂しさ、娘を思う気持ちが揺れ動き、会見前日は眠れなかった。
「娘はなぜ死んだのか」知りたい。そして、「男性は黒に近いグレーな存在だと思っている。尚子には、『絶対に頑張るから待っててね』と言いたい」と話し、今後も再捜査を求めるとしている。