次にお届けする曲も坂本さんの才能の豊かさを知ることのできる名曲です。前川清さんの「雪列車」(1982)。
【橋本】 この曲は初めて聴きましたが、メロディーもサウンドも演歌とも言い切れないしポップスとも言い切れない不思議な曲ですよね。特に演歌ファンではない私にとってもとても聞きやすい、お洒落な曲だと思いました。
【中将】 演歌って、良し悪しは別にして「こんな感じでいいんでしょ」みたいな曲が多いですからね。レコーディングにもそこまで時間をかけないことが多いんだけど、この曲の場合はドラム録りのためだけに坂本さん自身が1日中スタジオにこもったそうです。結局、曲が仕上がるまでに3日かかって、スタジオ代の高さに前川さんの事務所社長が冷や汗かいたという話です(笑)。
【橋本】 確かに大変ですね(笑)。でも、そこまで細部にこだわる姿勢が坂本さんの音楽家としての評価につながっていったんでしょうね。
【中将】 今でこそ演歌歌手と気鋭のミュージシャンのコラボ企画は珍しくありませんが、「雪列車」での坂本さんと前川さんのコラボはそういう文化に先鞭(せんべん)をつけるものだったかもしれませんね。
【橋本】 「アメリカン・フィーリング」、「雪列車」と、あらためて坂本さんの才能の豊かさを知りましたが、お次はどんな曲でしょうか?
【中将】 坂本さん1980年代、時代のエポックメイキングでした。若者たちのファッションリーダー、オピニオンリーダー的存在だったんですね。お次に紹介するのは個人的に、そんな空気感をもっともよく伝えてくれる楽曲だと思います。「忌野清志郎+坂本龍一」名義で発表した「い・け・な・いルージュマジック」(1982)。
資生堂が口紅のCMソングとして企画した曲で、当時の若者から絶大な支持を受けていた二人をコラボさせたんですね。音楽的ジャンルは異なりますが「二人とも頭ツンツンでメイクギラギラじゃん」みたいな(笑)。
【橋本】 映像も見せていただきましたが、これはすごいですね! 忌野さんもすごいですが、坂本さんも本当にギラギラで、私の中のイメージが崩れました(笑)。最近の報道でよく見る、グランドピアノに向かい合ってる姿と同じ方とは思えません。
男性のメイクは最近では珍しくなくなってきましたが、日本ではいつ頃からそういう文化が始まったんでしょうか?
【中将】 1970年代のグラムロックや1980年代のニューロマンティックの影響があって段階的に普及したんですが、テレビで堂々とそれを披露して市民権を得たのは1970年代後半の沢田研二さんからでしょうね。日本の男性メイクに関しては坂本さんもその流れの中にいる第一人者だと思います。
【橋本】 単にきれいに見せたいだけというのではなくて、主張やアート性が感じられてカッコいいですよね。
【中将】 坂本さんを語る上で、アート性はもちろんですが、主張というのも外せないワードですね。坂本さんは政治運動や社会運動にも積極的に関わる方で、特に憲法改正への反対や反原発運動などは世間から大きな注目を集めました。ファンやスポンサーに媚びて何の主張もできない自称アーティストが増える中で、坂本さんは自ら考え、批判されても行動、主張をし続けることを止めませんでした。これは思想の方向性を超えて、後輩ミュージシャンである僕たちが見習わなくてはいけない姿勢だと思っています。
【橋本】 そういう生き方が作品の魅力を増幅させている部分もあるかもしれませんね。