牧野富太郎は大阪でも活動していた! 足跡を示す直筆の手紙や標本など展示 大阪市の長居植物園 | ラジトピ ラジオ関西トピックス

牧野富太郎は大阪でも活動していた! 足跡を示す直筆の手紙や標本など展示 大阪市の長居植物園

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 植物学者で、NHK連続テレビ小説「らんまん」主人公のモデルとしても注目されている牧野富太郎(1862~1957年)。牧野が植物学を通じて親交があった大阪の高等女学校教諭に宛てた書簡や採集した植物標本など約40点を紹介した展示「MAKINO展」が大阪市東住吉区の長居植物園内「花と緑と自然の情報センター」で開かれている。12月27日(金)まで。

展示会場入り口
展示会場入り口

 同植物園で開催されているイベント「長居植物園のMAKINO博~牧野博士のふるさと・高知県~」の一環。
植物標本は、樟蔭高校(大阪府東大阪市)にあったもの。また書簡は、同高校の前身にあたる樟蔭高等女学校の教諭だった竹下英一さんの家族が持っていたもので、いずれも現在は同センターに隣接する大阪市立自然史博物館が所蔵している。

樟蔭高校で保管されていた牧野富太郎採集の標本。マツカサススキ(左)とシコクフウロ(右)
樟蔭高校で保管されていた牧野富太郎採集の標本。マツカサススキ(左)とシコクフウロ(右)
牧野直筆の書簡
牧野直筆の書簡

 大正時代半ば、樟蔭高等女学校は、牧野の標本を教材用に購入。博物学を専門としていた竹下さんが購入の窓口となり、その縁をきっかけとして、牧野と手紙のやり取りが始まったとみられる。

 大正7年、牧野は「長座御邪魔申上候」と、竹下さんと長時間会っていたことをうかがわせる内容のはがきを送っている。大正10年の封書には「標本の件誠ニ難有厚く御礼申上候」、また手紙の後半には牧野が旅費に困っている旨もしたためており、2人の交流の様子に加え、同校に標本を買ってもらったことで経済的に助けられていた状況も分かる。

また、竹下が幹事を務めていた大阪植物同好会の採集活動に参加し、現地で指導も行っていたようだ。

大正10年の手紙
大正10年の手紙

 牧野は、新種として発表した「カツラギグミ」の学名に竹下さんの名を入れた。1928年発行の植物研究雑誌で「この新種の学名は、大阪近くの樟蔭高等女学校教諭の竹下英一を記念したもの」と英語で記載。竹下にも「カツラギグミへ貴姓を用いておきました」と報告するはがきを出している。

牧野富太郎がカツラギグミを記載した論文(植物研究雑誌5巻6号1928年発行)
牧野富太郎がカツラギグミを記載した論文(植物研究雑誌5巻6号1928年発行)

 そのほか、牧野が採集した「シコクフウロ」「マツカサススキ」などの標本、ユニークなセンスが光る年賀状、細密な植物図(パネル)なども展示。

 長居パークセンター広報担当の瀬川早保さんは「牧野博士の94年の生涯について、まずはパネルの年譜でたどってほしい。その上で、直筆の手紙や標本などの展示物、さらにドラマを見ていただき、博士の人となりを感じてもらえたら」と勧める。

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