大崎氏は先日、西川きよしさん、六代目桂文枝さんと食事した際に、1970年大阪万博当時を振り返ってもらった。すると2人そろって「花月の舞台以外は、ずっと(大阪・千里の)万博会場にいた」と話したという。

それは「大阪万博をきっかけに、関西そのものが世界デビューすることになり、関西ローカルのラジオ、テレビが日本中に存在感を示したことが背景にあったから」と話した。
そのうえで、「日本が世界に誇る文化、伝統、人々の暮らしぶりを世界に届けたい」と意気込みを語った。
池坊氏は、万博の「いのち輝く未来社会のデザイン」というテーマに沿って、「国・地域、文化、人種、性別、世代、障がいの有無を問わず、さまざまな社会課題解決や未来創造への“挑戦”を応援したい。そして、単にワクワクするだけでなく、心揺さぶるエンターテインメントで表現し、つながりや力強さを生み出せるイベントを集約したい」と期待を寄せた。






