そう言えば菜津美ちゃんの地元、兵庫県川西市にはご当地ソングってあるんですか?
【橋本】 『川西音頭』ですね! みんな歌えるし、盆踊りでは絶対何回もかかります! 中将さんの地元は奈良ですが、そんなご当地ソングないですか?
【中将】 いっさいないですね。子供の頃いろんなお祭り行ったけど、少なくとも奈良市内では聴いたことないです。そういうのも地域柄なんですかね……。では次の曲をご紹介します。秋庭豊とアローナイツで『大宮駅から乗る女』(1982)。1982年にリリースしたシングル『さだめ』のB面。同年6月に大宮駅に新幹線が開通したことを受けて制作された曲で、恋に破れ北国の故郷に帰る女性を歌った内容です。
【橋本】 昭和の駅ソングあるあるですが、失恋やその土地を離れることの重みがすごいですよね。スマホもない時代のことだし、今とはそのあたり感覚が違う気がします。
【中将】 新幹線開通の記念なのに失恋ソングというのも変わってますよね。
【橋本】 出会いも別れもスピード全開ってことなのかも(笑)。
【中将】 それいいですね(笑)。ではスピーディーに次の曲へ。吉永小百合さんの『キューポラのある街』(1965)。
【橋本】 キューポラってなんですか?
【中将】 鋳造工場の溶解炉のことです。当時、キューポラの煙突が多く見られた埼玉県川口市で生きる若者の姿を描いた映画『キューポラのある街』(1962)の続編『未成年 続・キューポラのある街』(1965)の主題歌で、主演の吉永小百合さんが歌いヒットしました。『キューポラのある街』と言えば吉永さん大ブレイクのきっかけになった名作ですが、当時のどうしようもない貧困が背景にあるし、在日朝鮮人の帰還事業が肯定的に描かれたりしていて、今の感覚で見てしまうと微妙な印象を受けるかもしれません。
【橋本】 昔すぎて前提となる感覚が違ってるんですね……。
【中将】 ご当地ソングとしても、悪くない曲だけど街の魅力を伝える感じじゃないですね。では最後にご紹介する曲はいとうまい子さんで『奥秩父子守歌』(1985)。シングル『愛の陽炎』のB面です。
【橋本】 わらべ歌みたいだけど、なんだか怖い感じのする曲ですね……。
【中将】 個人的には「山の向こうに何がある いえいえそれは山ばかり」という秩父をディスったようなフレーズがじわじわきます(笑)。これはいとうさん主演映画『愛の陽炎』の挿入歌。結婚を約束した男に裏切られたと勘違いして、代々伝わる呪いの五寸釘で復讐するという、ちょっとホラーなストーリーと、この曲のアンバランス感が逆に怖いかもしれませんね。
さて、今回は昭和から平成初期の埼玉ご当地ソングをご紹介してきましたが、いかがでしょうか。
【橋本】 埼玉の魅力がわかった……かな?(笑)。
【中将】 (笑)。あくまで歌謡曲、ポップスという範疇から選曲した結果ですが、なんだか当時の埼玉人が埼玉県というカテゴライズに深い思い入れを持っていなかったのではと感じました。埼玉県と東京都は江戸時代まで、あわせて武蔵国という一つの国でした。武蔵国は江戸を中心とした広大な国だったのですが、明治になって繁栄している地域をいいとこ取りした「東京」と残りの「埼玉」に分割されたんですね。なので、埼玉人は強い東京志向があるにも関わらず、東京人と認められないという悲しいジレンマを抱えているのではないかと。そのあたりが『翔んで埼玉』的な自虐感やパッとしないご当地ソングの傾向に反映されているんじゃないでしょうかね。
とはいえ、平成以降の楽曲では埼玉愛を歌ったものがいくつもあって、YouTubeやSNSでも話題になっているそうです。これからも埼玉愛を歌ったご当地ソングがたくさん生まれるよう期待したいですね。