タレントで実業家のmisono “炎上クイーン”から社会活動家へ 「支援活動の原点といま」を語る | ラジトピ ラジオ関西トピックス

タレントで実業家のmisono “炎上クイーン”から社会活動家へ 「支援活動の原点といま」を語る

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 タレントで実業家のmisonoさんが、このたび、ラジオ番組に出演。30歳を機にはじめた社会貢献活動のきっかけや、そのなかで感じた葛藤、そして今後の展望について語りました。

 番組冒頭、misonoさんは「30歳までクソクズ人間だった」と自身を振り返り、「このままだと地獄に行く」と感じたことが社会貢献に目を向けるきっかけだったと語ります。

 炎上やバッシングを受け、“炎上クイーン”や“お騒がせタレント”などのキャッチコピーが定着していた当時の自分本位だった生き方を悔い改め、「これからは人のために生きよう」と決意したそうです。

 活動の原点となったのは、親のいない子どもたちが暮らす施設への訪問。misonoさんは、「(施設を)訪れたときに、逆に何かをもらったんですよね。やってきてよかったと思えたし、明日からも頑張ろうと思わせてくれた」そうで、「音楽を通して子どもたちと心を通わせて喜んでもらえた体験が自身の生きがいになった」と振り返ります。

 訪問時の思い出については、笑顔とともにこのように述べました。

「サインを書いてじゃんけん大会をしたら、『賞金100万円ですか⁉』というぐらい、『勝ったー!』『負けたー!』とやってくれた。うちのサインごときで(笑)」(misonoさん)

 その後の活動は、保護犬・猫の支援、子ども食堂、障害者福祉施設への寄付など、多岐にわたります。

 特に印象的だったのは、被災地での炊き出し支援。人間用の物資だけでなく、ペット用の物資も持参したところ、「『ワンにゃんまぐろ』という100パーセントマグロの商品を持って行ったら、おじいちゃん・おばあちゃんが『これ人間も食べられる?』と言って持って帰ったりする」そうで、現地の深刻な物資不足を明かしました。

「芸能人は1度しか来ない」と言われたことから、3か月後に再び被災地を訪れたmisonoさん。

「何も変わっていなかった」「現地に行くといろいろな問題がある」「その問題を『いま誰が発信してくれていますか?』というところもある」と話し、現場主義の姿勢をにじませました。

 活動の裏で、SNSを通じての誹謗中傷や批判も絶えないといいます。

「(SNSを)辞めたいなと毎日思う」と本音を漏らしつつも、「動物たちや子どもたちのためと思えば、どれだけ叩かれてもやめられない」と強い思いを吐露しました。

 パーソナリティーの「名前のある人が先頭を走ってくれると、あとをついていきやすかったりする」という言葉には、「そういう意味ではもっと影響力をつけたい」と応じ、“100万フォロワー”という目標を掲げました。

 しかし、投稿の反応には悩みもあるようで、「夫とのツーショットは“いいね”が多いのに、活動内容の投稿は少ない」と、注目の差に複雑な思いを告白。それでも、「辞めるという選択肢はない」ときっぱり語る姿からは、確かな信念が感じられました。

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