さらにその後、FAXと留守番電話が登場します。留守番電話が登場してすぐのころは、電話機に別の機器を接続し、カセットテープに録音するものなどがありました。
親子電話やワイヤレス電話の登場では、1つの回線で複数の電話機を使えるようになりました。これまで、固定された場所でしか使用できなかったのが、自分の部屋に子機を持って行って電話ができるように。恋人や友人と長電話をした経験がある人も多いのではないでしょうか。
ただ、親子電話やワイヤレス電話には盲点がありました。機器は親機と子機にわかれているもの、回線は1つ。そのため、子機での通話には親機も参加できたのです。
サマンサも経験があるそうですが、「親に会話を聞かれていた」とのこと。会話がクライマックスになったタイミングで、「あんたらいい加減にしときや」と親の声が聞こえてきたといいます。皆さんも、“あの会話”は聞かれていたのかもしれません。
その後、携帯電話が登場します。1985年、自動車電話を発展させた“ショルダーフォン”が登場。あの、肩にかけるタイプで、重さは3キロほどあったのだとか。
1987年に携帯電話が登場しますが、機器代を含めて基本料や通話料が高く、「持っているだけでカッコいい」とされていました。料金が高かったため、自分からかけることはなく受信用に使っている人もいたそう。そのせいもあってか、1990年代半ばにかけてはポケベルが人気でした。

1990年代後半になり、ようやく携帯電話利用者が増加していきます。料金なども手が届く状況になったことも一因のようです。なかでも、神戸などでは、阪神淡路大震災のあとに急速に普及したイメージがあります。震災当時、家の電話がなかなかつながらなくて使えず、公衆電話には長蛇の列ができていました。
その公衆電話も、昭和から平成にかけて変化していきました。1900(明治33)年に登場した公衆電話は、その後、1955(昭和30)年に10円硬貨を入れるタイプが登場します。
1982(昭和57)年には、磁気カード(テレホンカード)が利用できる“カード式公衆電話”が登場。テレホンカードは、企業のノベルティなどさまざまなデザインのものが作られました。なかでも、枚数限定で生産された“アイドルテレカ”は高額で売買され、社会現象にもなりました。

その後、デジタル公衆電話機や、その他国際通話専用の公衆電話が登場。2010年代以降は、スマートフォンの時代に。電話は、いったいどこまで進化するのでしょうか。
※ラジオ関西「Clip木曜日」2025年7月31日放送回より





