生まれも育ちも神戸市中央区でサブカル郷土史家の佐々木孝昌(神戸史談会、神戸史学会・会員)が、北区出身で落語家の桂天吾と、神戸のあれこれについてポッドキャストで語る『神戸放談』(ラジオ関西Podcast)連載シリーズ。今回のテーマは「海水浴場・プール」です。
前回に続き、三宮センター街にあるトロフィーと造花のお店「毛利マーク」代表取締役で灘区民の藤井淳史さん
を加えた3名で色々語ります。
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海水浴シーズン、神戸っ子は地元である須磨海水浴場に海水浴へ行くのだろうかと、フト思った。灘の山際で生まれ育った藤井さんは、「行かへん。海は山から見るもの」と言う。幼少期は鶴甲プールや都賀川などで遊んだそうで、藤井さん的に“夏の神戸はプールと川”なのだそう。北区出身の落語家・桂天吾君は、中学生ぐらいまで須磨海水浴場へ泳ぎに行っていたと言う。

僕は、子供の頃から毎年のように須磨へ家族で海水浴に行っていた。当時は明石海峡大橋も無く、舞子の砂浜でもよく泳いだ。今は、それより東にある人工浜のアジュール舞子で海水浴が楽しめる。
須磨海水浴場は「入ると急に深くなるから気を付けろ」とよく言われたものだ。また、水も今より濁っていて透明度が低かった。それでも海水浴を満喫し、立ち並ぶ海の家でおでんやうどんを食べて座敷でくつろぐのは楽しかった。お祭りの屋台を楽しむような感覚だろうか。

そんな海の家も、僕が高校から大学にかけての頃から若い男性による客引きが目立ち、ガラが悪く感じ始めた。併せて、昔ながらの海の家に加えバーのような店舗も交じり出した。大学生になって車の免許を取ると、日本海へ行くようになり須磨へは行かなくなった。
子供ができてからは、再び須磨へ海水浴に行くようになったが、家族連れが楽しむというより「若者向けのビーチ」といった感じではあった。その後、風紀やマナーの問題などから健全化の取り組みがなされ、近年は公募となった海の家もわずか数軒。家族連れには環境が良くなったが、なんだか物足りなさや寂しさもある。風紀の規制はしつつ、昭和な海の家が立ち並ぶ猥雑感は残して欲しいところだ。

プールといえば、幼少の頃よく行った須磨水族館のプールが思い出深い。そのまま海岸へ出ることもできた。深江にあった「新神戸大プール」の人工波や、六甲アイランドにあった「六甲ランドAOIA」のウォータースライダーも忘れ難い。特に50本あったウォータースライダーは、今も残っていれば人気だったに違いない。ちなみに、1995年公開の映画『大失恋。』はAOIAでロケをしているので当時を偲ぶことができるだろう。なお、ハーバーランドにある観覧車は、元々AOIAにあったものである。そのほか、長田の「かるもプール」や神戸ではないが宝塚ファミリーランドのプールなどへもよく遊びに行った。最近では、王子公園の再開発で「王子プール」も無くなってしまった。
現在、神戸でレジャー的なプールといえば、六甲アイランドにある「デカパトス」か北区の「道の駅神戸フルーツ・フラワーパーク大沢プールプラザ」くらいだろうか。神戸西部、舞子辺りにも大型レジャープールがあれば明石方面からの来場者もあっていいかもしれない……とは、番組の提案である。
(文=サブカル郷土史家 佐々木孝昌)
※ラジオ関西Podcast『神戸放談』#20「神戸っ子はどこで泳ぐのか」より





