ドラァグクイーンのサマンサ・アナンサとネオ昭和アーティストの阪田マリンが木曜日にパーソナリティーを務める番組『Clip』(ラジオ関西、月-木午後1時~)で、ラジオ関西の歴史とともに、当時の出来事などを紹介しました。

ラジオ関西は、1951年に神戸放送株式会社として創立。翌1952(昭和27)年4月1日に、放送を開始しました。同年に、民法初となる“プロ野球ナイター中継”や“電話リクエスト”などを特別番組として放送しました。
電話リクエストは、メールやファックスもなかった当時、生放送中に電話受け付けのオペレーターが何人も待機し、電話でリクエストを受けて放送していました。リスナーが直接参加する感覚が斬新だったそうです。
1952年に起こった出来事としては、月刊誌『少年』で、手塚治虫の代表作のひとつである漫画『鉄腕アトム』の連載がスタートしたことがあげられます。
ボクシングの世界では、白井義男(しらいよしお)氏が日本で初めて日本王者に。ちなみに、「小学生のころ、お祭りの余興でカンガルーとボクシングをして負けたことがきっかけでボクシングにのめりこんだ」というおもしろいエピソードが残っています。
音楽シーンにおいては、美空ひばり『リンゴ追分』、江利チエミ『テネシー・ワルツ』がリリースされヒットを記録しました。

続いて、「神戸放送株式会社」から「株式会社ラジオ関西」に社名変更した、1960(昭和35)年について。ラジオ関西では、放送エリアを拡大、そしていまも続いている長寿番組『歌声は風にのって』がスタートしました。
同年、日本初の女性大臣が誕生しました。そして昨年、ようやく初の女性総理大臣が誕生。約65年という月日がかかったことになります。
ヒット曲としては、松尾和子&和田弘とマヒナスターズ『誰よりも君を愛す』、橋幸夫『潮来笠(いたこがさ)』があげられます。
ちなみに、“ダッコちゃん”が流行したのも1960年のことでした。
この年、初の国産インスタントコーヒーが登場したことで、日本人にとってコーヒーが身近な存在に。1杯あたり10円程度で楽しめたそうで、ある資料によると、サラリーマンの平均月収が4万円だった当時、喫茶店ではコーヒー1杯60円程度だったのだとか。






