昭和の『日本レコード大賞』を振り返る 中森明菜、ピンクレディー…Z世代も知っている!名曲の数々

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 翌年、1972(昭和47)年の大賞作品は、ちあきなおみ『喝采』。“亡くなった恋人を思いながらステージで歌っている”という歌詞は、当時、衝撃的だったようです。歌詞の内容がちあきさんの実体験と偶然似ていたことから、「歌いたくない」と言ったというエピソードも残っています。

 同年は、日中の国交正常化が実現したほか、札幌オリンピックが開催されました。

 1977(昭和52)年の第19回では、沢田研二『勝手にしやがれ』、第20回にはピンクレディー『UFO』が受賞。

 ちなみに、マリンの大好きな中森明菜は、1985(昭和60)年に開催された第27回で『ミ・アモーレ』、さらに1986(昭和61)年の第28回では『DESIRE』と、連続での受賞を記録しました。

 昭和最後の『輝く!日本レコード大賞』受賞曲は、光GENJI『パラダイス銀河』で、平成最初はウインク『淋しい熱帯魚』でした。

サマンサ・アナンサと阪田マリン

※ラジオ関西「Clip木曜日」2026年3月12日放送回より

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