おりせさんは、生まれつき捻曲性骨異形成症という骨の疾患があり、ヘルパーのサポートを受けて生活している。手術の後遺症で脊椎も損傷した。
現在は障がい者自立支援施設で相談員をするかたわら、ピアノや鍵盤楽器「インスタコード」と歌で路上ライブを開催、バリアフリーをテーマとしたテレビ番組にも出演、精力的に活動している。

増田さんは、障がいをバネにひたむきにアーティストとして活躍するおりせさんの姿と自分を重ね合わせた。また前向きな歌詞や曲調にひかれ、出演を依頼した。

事故から21年という月日、増田さんは「決して忘れてはならない時間が過ぎた。しかし残念ながら、JR西日本では今もなお、基本的な安全意識が問われるような事案が繰り返されている」と心を痛める。
そして、「亡くなった106名の方々は、たまたま乗った電車で、突然その日常を奪われてしまった。もし、乗る電車が1本違っていたら...。別の人が、あの電車に乗っていたかも知れない。そう思うと、命の重さ、そして日常がどれほど尊いものかを感じずにはいられない」と涙ぐんだ。
また、「あの日、ゴールデンウィークを目前にして心弾んでいたと思う。どれだけ無念だっただろうと思うと、悔しさや悲しみが込み上げてくる」と語る。

事故から20年経った昨年(2025年)を境に、追悼行事が減った。
増田さんは、「だからこそ私たちは、あの日のことを思い返して『安全とは何か』を考え続けることが大切」と訴える。


JR西日本は昨年(2025年)10月、大阪府吹田市に事故車両の保存施設を建設した(一般には非公開)事故の遺族や負傷者にとって、受け止めはさまざま。
増田さんはラジオ関西の取材に対し、「保存施設へ行くと、気を失ってしまうかも知れない。あの光景をリアルに思い出すから。ただ一般公開とすることには賛成。風化防止には、遺族や負傷者より、一般の方々に見てもらうことに意味があると思う」と数年来言い続けている。




