《JR福知山線脱線事故21年》車いすの女性シンガー、弾き語る「つながり」

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 おりせさんは、生まれつき捻曲性骨異形成症という骨の疾患があり、ヘルパーのサポートを受けて生活している。手術の後遺症で脊椎も損傷した。
 現在は障がい者自立支援施設で相談員をするかたわら、ピアノや鍵盤楽器「インスタコード」と歌で路上ライブを開催、バリアフリーをテーマとしたテレビ番組にも出演、精力的に活動している。

 増田さんは、障がいをバネにひたむきにアーティストとして活躍するおりせさんの姿と自分を重ね合わせた。また前向きな歌詞や曲調にひかれ、出演を依頼した。

4月25日の追悼ライブに向けて増田さんがアプローチ、おりせさんの快諾を得た

 事故から21年という月日、増田さんは「決して忘れてはならない時間が過ぎた。しかし残念ながら、JR西日本では今もなお、基本的な安全意識が問われるような事案が繰り返されている」と心を痛める。

 そして、「亡くなった106名の方々は、たまたま乗った電車で、突然その日常を奪われてしまった。もし、乗る電車が1本違っていたら...。別の人が、あの電車に乗っていたかも知れない。そう思うと、命の重さ、そして日常がどれほど尊いものかを感じずにはいられない」と涙ぐんだ。

 また、「あの日、ゴールデンウィークを目前にして心弾んでいたと思う。どれだけ無念だっただろうと思うと、悔しさや悲しみが込み上げてくる」と語る。

愛犬「あん(メス・3歳)」を抱える増田さん

 事故から20年経った昨年(2025年)を境に、追悼行事が減った。
 増田さんは、「だからこそ私たちは、あの日のことを思い返して『安全とは何か』を考え続けることが大切」と訴える。

増田さんは事故から20年となった2025年にも、地元の伊丹市でイベントを企画した〈2025年4月19日〉

 JR西日本は昨年(2025年)10月、大阪府吹田市に事故車両の保存施設を建設した(一般には非公開)事故の遺族や負傷者にとって、受け止めはさまざま。
 増田さんはラジオ関西の取材に対し、「保存施設へ行くと、気を失ってしまうかも知れない。あの光景をリアルに思い出すから。ただ一般公開とすることには賛成。風化防止には、遺族や負傷者より、一般の方々に見てもらうことに意味があると思う」と数年来言い続けている。

会場では夕陽がまぶしい時間から、世代を問わず追悼の意を表する姿が夜まで続いた
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