天照大御神がニニギノミコトに授けた“三種の神器”とは、鏡・剣・勾玉(まがたま)を指す。今回はその中の勾玉に注目し、専門家に話を聞いた。
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勾玉という言葉を聞いたことはあるものの、実際どのようなものなのか詳しく語れる人はそう多く居ないのではないだろうか。島根県の玉造温泉に伝わる「出雲型勾玉」を守り続ける株式会社めのや代表取締役かつ“第五代・玉人(ぎょくじん)”の新宮福志郎さんは勾玉について、「装飾品であり、お守りのような意味を持つと考えられていた」と話す。
加えて「お守りは人と人をつなぐものでもある。勾玉も同じで、ただの装飾品ではなく人同士はもちろん神と人をつなぐ存在なのでは。出雲で大切にされている『ご縁』という考え方とも深く結びついている」と考察を述べた。
さて、新宮さんの肩書きの玉人とは「勾玉などの玉を管理し、献上する役割を担う人」とのこと。島根県松江市の玉造周辺は勾玉文化の中心地としても知られ、「玉造」という地名も古くから玉作りが盛んだったことに由来している。
「松江市の玉湯町玉造にある、花仙山では“青めのう”という石が採れるんです。濃い緑色のきれいなめのうが採れるのは、実はここだけなんですよ」と新宮さん。古墳時代にはすでに玉類生産の中心地として栄え、玉造神社周辺からは多くの遺跡も見つかっているという。

さらに興味深いのは、その歴史の広がり。一度奈良に移った職人たちが、再び島根に戻る過程で各地に玉造という地名を残したそうだ。大阪市内を走るJR環状線や市営地下鉄にも玉造という名の駅があるが、ここら一帯もやはり職人が移り住んだと言われているのだとか。

出雲の勾玉作りは平安時代に廃れ一度途絶えたが江戸時代の後期に復活した。しかしながらその技術を受け継ぐ職人は今や4人に。現在島根県で出雲型勾玉を作っているのは同社だけであり、日本で唯一の技術を受け継ぐ工房でもある。その一方で「伝えること」にも力を入れており、勾玉作り体験も実施しているそうだ。
「作ったり購入した勾玉は玉作湯神社に持っていき、『願い石・叶い石』に願いを込めてください。そうすることで自分だけのお守りになります」とワンポイントアドバイスを述べ、新宮さんはインタビューを締めくくった。





