“鉄っちゃんアナ”としても親しまれる鉄道通のフリーアナウンサー・羽川英樹さんのラジトピコラム「羽川英樹の出発進行!」。今回、羽川アナがレポートするのは、阪急甲陽線です。
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阪急の全路線の中で最も営業距離が短い、甲陽線。神戸本線の特急停車駅『夙川』と、『甲陽園』の間、わずか2.2kmを結び、すべて西宮市内を走ります。開業は神戸本線が開通した4年後の1924(大正13)年で、単線で途中に一駅あるだけという阪急一のミニ路線ですが、実は意外な歴史を持つ路線なんです。
『夙川』は、ホーム東寄りの眼下に関西屈指の桜の名所・夙川が流れ、春はホーム上からもお花見が楽しめる駅。神戸本線のホームとは直角に位置する頭端式の3号線・甲陽線のホームには、3両編成の6000系の姿が。すべての列車が線内折り返しのワンマン運転で、基本10分おきに運行されています。


『夙川』を出ると、しばらくは正面に美しい形の甲山を見ながら北上していきます。車窓右手に夙川公園が寄り添い、春は昼夜を通して大勢の花見客でにぎわいます。しばらく走ると、唯一の途中駅『苦楽園口』に到着。ここで上下列車の交換が行われます。


今は高級住宅地として名高いこのあたりですが、かつてここは一大保養・別荘地だったんです。明治末期に大阪の実業家・中村伊三郎によってその開発が始まります。ここにはラジウム泉がこんこんと湧いていたことから、多くの人が苦楽園温泉に保養にやってきて別荘も立ち並びました。
ただ当初は、馬車や人力車しか交通手段がなく、ライバルの阪神電鉄が香露園からトロリーバス路線の免許を取得したことを受け、対抗策として阪急が鉄道路線を開通させたのです。(※結局、阪神のトロリーバス路線は実現せず)
温泉地までは駅から坂を登って20分ほどかかったため駅名は『苦楽園口』となったといいます。
しかし大盛況だった温泉も、1938(昭和13)年の集中豪雨で泉源が枯渇してあえなく廃業となってしまいました。
その後、この眺望や自然環境を生かさない手はないと再び開発が進み、高級住宅地として発展していきます。苦楽園にはかつて湯川秀樹・谷崎潤一郎・山口誓子・黒岩重吾などの著名人も居を構えていました。







