フィギュアスケート女子で世界選手権4度優勝、冬季オリンピックで計4つのメダルを獲得した坂本花織さんが13日、神戸市内で現役引退会見を開き、21年4か月の競技人生を振り返った。
会見冒頭では、幼少期からの映像や、恩師からのメッセージが上映され、坂本さんが涙ぐむ場面もあった。

現在の心境について問われると、「現役の間は、練習や試合で本当にたくさん感情が動かされて、一喜一憂していた」と回顧。「今、競技者じゃない立場でリンクを見ると、現役で一生懸命練習できることは、すごく青春だったんだなって改めて感じています」と話した。
引退については、「正式に発表したのは今シーズン前だったが、自分の中では北京オリンピック(2022年)の後、“次の4年がラスト”と覚悟していた。そこで腹をくくっていた」と説明。
現役生活で最も印象に残る大会として挙げたのは、2022年フランス・モンペリエでの世界選手権と、現役最後となった今年のチェコ・プラハでの世界選手権。特にモンペリエ大会については「北京オリンピックの1か月後に、もう一度ピークを持っていかなければいけなかった。本当に苦しかった」と振り返り、「メンタルも崩れながら必死に頑張って練習した。先生もそれを受け止めてくれて、いつもなら厳しい言葉をかけるところを、なぐさめてくれた。それで自分も前向きになり、頑張った結果、初めて世界チャンピオンになれた。今でもそのときの演技を見返したりする」と秘話を明かした。
一方で、苦しかった時期として、2019-20シーズンを挙げた。大学生活との両立や成績不振に苦しみ、「何のために練習しているのかわからなくなった」と吐露。さらに、「ミスも止まらず、悪循環だった」という。転機となったのは、コロナ禍。「合法的に休みがもらえたと思った」と苦笑いしつつ、「みんなが滑れない状況になり、土台が一緒なら、いま陸上トレーニングを頑張れば、スケートができるようになったとき、(感覚を)取り戻すところからではなく、すぐ跳んで、さらに(技術を磨く)というふうにできるんじゃないかなと思った」と前向きな気持ちに変化。1か月半、リンクで滑らなかったブランクが、自身のスケート熱をよみがえらせたという。
会見では、競技人生を支えてくれた母への感謝も口にした。小学生時代は県内に通年リンクがなく、大阪まで毎日送迎してもらっていたといい、「夜遅くまで運転してくれたり、食事管理もしてくれたり、本当に感謝している」と語った。さらに、今春の世界選手権を終え、現役生活に幕を閉じた際には、引退後に一番に食べたかった「お母さんのコロッケ」も食べることができたという。
現役引退後については、「将来的にはコーチ業にも専念したい」としながらも、「まだ自分が動ける間はアイスショーに出たり、いろいろお教室もやる予定なので、そこでもっともっとスケートを知ってもらえるようなきっかけになれば」と述べた。
会見終盤には、恩師である中野園子コーチとグレアム充子コーチがサプライズ登場。坂本さんは「すごくうれしかった。これからも頑張ろうと気合いが入りました」と感謝を伝えた。
締めくくりでは、「本当にたくさんの方に支えられて、ここまで来ることができた。こんなに幸せな競技人生はなかった」と感謝を述べ、「これからは、世界に羽ばたく選手を育てられるよう頑張りたい」と新たな決意を口にした。
そして最後には、「私事ですが、先日結婚いたしました」と電撃発表。お相手については「大学時代に出会った同い年の一般の方」と説明し、「常に冷静で、でも楽しむことを忘れない人」とはにかみながら語った。涙と笑顔とサプライズ……引退会見でも坂本さんは最後まで“自分らしさ”全開だった。



