先日乗った電車の中に、「彼」「彼女」などと書かれた広告ステッカーが貼られていました。そこで、ふと湧いた疑問。「彼」は男性を指し、「彼女」は女性を指すと言われていますが、なぜ女性にだけ、「彼」の後に性別を表す「女」がつくのだろうか。そしてなぜ「彼」のあとに「男」はつかないのだろうか? さっそく調べてみました。
『日本語源大辞典』(小学館)を開きました。「彼」の項目の参考欄の4番目に…
「明治以降、西欧語の三人称男性代名詞の訳語として、口頭語に用いられるようになった。明治以前は、人を指示する場合、男女を問わなかったが、明治以降に同じく訳語として定着していった「彼女」との間で、しだいに男女の使い分けをするようになったと考えられる。」
一方、『広辞苑 第七版』(岩波書店)の「彼」の項目には…
「(1)あれ。あのもの。古くは人をも人以外のものをもさした。人の場合、男女ともにさした。(以下省略)」
そして「彼女」はというと…
「(1)(欧語の三人称女性代名詞の訳語『彼女 かのおんな』から)あの女。その女。この女。(2)転じて、恋人である女性。(以下省略)」
つまり、少なくとも明治期までは男女の別なく指し示す言葉だったのが、ヨーロッパなどの外国語を日本語に訳する際に、会話のなかで使い分ける必要が生まれ、それが定着していったようです。かつては性別に関係なく使っていたのですね。
余談ですが、このことで思い出したのが、東映時代劇映画。1978年(昭和53年)1月公開の『柳生一族の陰謀』(深作欣二監督)のなかで、成田三樹夫さん扮する烏丸少将文麿(からすましょうしょうあやまろ)が、「彼(か)の者は?」と尋ねるシーンがありました。当時、私は中学生で、単純に「『あの』者は誰だ?」の「あの」の昔の言い方だろうな、と勝手に思っていたのですが、前出の意味からすると「彼(か)の者」ということだったのでしょうね。映画の舞台は江戸時代の初めでしたから、当時の言葉を、こうした細かいところにまで丁寧に入れていたのか、と思うと、時代考証はとても大切だと改めて感じました。