夏といえば怪談、幽霊の季節です。筆者は怪談が好きでイベントに足を運んだり、ホラー映画を見たりするのですが、ずっと気になっていたのが「幽霊にはなぜ足が描かれないのか」ということです。ひと昔前は、着物の先にかけて細く消え入るような描かれ方が多く、漫画などでも、生きている人間と区別する描写としてよく使われていました。
そこで、名作怪談のあらましが記された『教養としての最恐怪談』(ワン・パブリッシング)の著者で怪談・都市伝説の研究家である吉田悠軌(よしだゆうき)さんに取材しました。
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なぜ幽霊に足が描かれないのか、これについて怪談研究家の吉田さんは「はっきり言える答えはありません」と言います。「有名な話として、江戸中期に活躍した絵師の円山応挙が初めて足の無い幽霊を描き、それが広まっていった、という説があります。しかしながら、応挙が生まれる以前に描かれた足が描かれていない幽霊の絵が見つかっており、研究家の間では『円山応挙発祥』はあくまでも俗説とされています」。
「足が描かれない幽霊」が誕生した理由や背景はまだわかっておらず、はっきりしていないというのが実際とのこと。ちなみに、調べると応挙の絵は、焚くとその煙の中に死んだ者の姿が現れるという「反魂香(はんこんこう、はんごんこう)」というお香の煙で隠れて足が見えない、などの説などがあるそうです。応挙が元ではないとなると、足が描かれない幽霊のイメージはどこから来たと考えられるのでしょうか。
「あくまで推測ですが、一つは魂魄(こんぱく=人の身体に宿って、その動きを司る魂)がゆらぐ様子を表現したという説です。例えば、有名な首の長い妖怪『ろくろ首』は元々、体から魂が抜けて頭部が漂う幽体離脱をする様を表現しており、細長いのはかつて首ではありませんでした。これと同じように、魂が抜け腰から下をぬらっと漂わせることで、この世のものではないことを表現したのだと考えられます」(吉田さん)
もう一つはより怖い説であるとのこと。「日本怪談の根源になっていると考えられる古事記のイザナミは、火の神カグツチを産んだ際に大やけどを負い、人間でいうところの死を迎えてしまいます。妊娠中や出産時に亡くなった女性が『ウブメ(産女)』となって化けて出るという怪談は有名ですが、この信仰は古来、日本中に広まっており、つまりイザナミはウブメの元祖であるとも考えられます。このことからも、下半身を描かないという幽霊の姿は、根源となるイザナミやウブメを象徴する『母の欠損』の恐怖から影響を受け、広がったものだとも考えられます」(吉田さん)
「足を描かない幽霊」はステレオタイプな古いイメージかもしれませんが、現代の妖怪にもその恐怖のイメージは形を変えて引き継がれているとのこと。「有名なのは学校の怪談で定着した『テケテケ』です。また、都市伝説のキャラクターとしては元祖である『カシマさん』もそうですね。カシマさんやテケテケは、いまだ現役で語られ恐れられている現代怪談でもあります」(吉田さん)
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幽霊に足が無い理由ははっきりとはわからないようですが、その恐怖は形を変えこれからも脈々と受け継がれていきそうです。
(取材・文=宮田智也)
◆『教養としての最恐怪談』(吉田悠軌著/ワン・パブリッシング/税込1760円)
※この記事で紹介した「イザナミ」や「ウブメ」、「テケテケ」、「カシマさん」についても書籍内で詳しく書かれています。