とある山の中で突然、修験道(しゅげんどう)の山伏(やまぶし)さんにお会いしたので、以前から聞いてみたいなと思っていたことを尋ねてみました。
「そのおでこの上あたりにちょこんと乗せているような黒いもんは何なんですか? 帽子ですか?」

山伏さんは、静かに語りはじめました。
「これは頭襟(ときん)というもんです。帽子といえば帽子なんですが、大日如来(だいにちにょらい)さんがかぶってはります五仏(ごぶつ)の小さな仏像がおさめられた『五智の宝冠(ごちのほうかん)』を表してるんです。“煩悩を悟る”や、“山に入るにあたり悪気(あっき)を払う”との意味合いでかぶっています」(山伏さん)

なるほど、すごい意味合いがある帽子なんですね。「でも、帽子にしては小さくないですか?」と再び疑問を投げかけます。
すると山伏さんは、「うんうん」とうなずきながら「確かに小さいですね」とひと言。さらに詳しく説明してくれました。
「もともとは頭全体をすっぽり覆うような大きなもんやったんですが、江戸時代以降にどんどん小型化していき、現在のような大きさになりました。このサイズですから普通の帽子のようにはいかず、頭に直射日光が当たってしまいますが、険しい山に入るときには前方にある木の枝などから頭を守ってくれるんです。ちょうどおでこの上あたりは枝が当たるところなんで、そんなときにこの頭襟が帽子のように守ってくれることがあります」(山伏さん)
ほかにも用途はあるのか、尋ねてみました。
「ほかの用途もありますよ。暑い季節に、頭襟の裏側に乾いた布なんかを忍ばしていると頭から落ちてくる汗を吸い取ってくれます。その布を冷たい川の水で冷やし、固くしぼってから入れておくと頭がとても冷やされるんです。ほかにも、山を登るとのどが渇きます。そんなときには、頭襟をひっくり返して凹みを利用して水を飲むこともできるので、いわばコップ代わりに使うこともありますね」(山伏さん)

え、コップに? と驚いていると、山伏さんは「それでは」と再び足早に山に入っていきはりました。






