グラウンド整備にも“トレンド”がある!?「神整備」でおなじみ阪神園芸 職人がプロ野球の舞台裏語る

LINEで送る

この記事の写真を見る(1枚)

 阪神甲子園球場の「神整備」で知られる阪神園芸。同社のグラウンドキーパー・金沢健児さんが、ラジオ番組にてフィールドの裏側や職人としての哲学について語りました。

(左から)パーソナリティーの安本卓史、阪神園芸・金沢健児さん、パーソナリティーのKanon

☆☆☆☆

 阪神タイガースの本拠地であると同時に、春・夏の高校野球が行われる「聖地」である同球場。選手達が最高のパフォーマンスを発揮できる舞台に仕上げるため、どんな事を大切にしているのでしょうか。

「朝早くから夜遅くまで、芝や土の管理をしています。中でも最も気を配るのは“水分”ですね。芝生・土ともに水が必要ですが『自然がもたらす雨』と『人の手で撒く水』はまったく違います。雨は(水を)均等に撒いてくれるし、土の下の層まで染み渡る。ですが、深く吸水することでバウンドしにくくなるグラウンド状態になったりもします」(金沢さん)

 土にどれだけ水が浸透しているかを感覚で判断できるようになるには、3年ほどかかるといいます。金沢さん自身も何度も散水作業を経験し、その感覚を身につけてきたといいます。その上で「いまは自分が若手の頃の時代とは違う。『とにかく数多く経験させる』という指導は難しくなってきている」と、人材育成の難しさにも触れました。

 さて、金沢さんが甲子園球場に関わるようになったのは中学生の頃。プレイヤーとして野球にたずさわっていたものの、ケガで離脱していた時期でした。そんなとき、同球場で働いていた母の紹介で“スコアボード裏のアルバイト”を始めたのがきっかけだったそうです。

「1983年、高校1年の夏でした。この時の(全国高等学校野球選手権大会の)決勝戦は忘れられない。私はPL学園の桑田選手・清原選手の試合で得点ボードを出してました。同い年の選手が甲子園で活躍する姿は、ただただすごいと感じましたね」(金沢さん)

 高校卒業後は球場とは無関係の企業に就職した金沢さんですが、「阪神園芸に欠員が出て人を探しているらしい。来られないか」と母に相談され、阪神園芸への転職を決意したのだとか。「やっぱり野球に関わりたい気持ちがあった」と、人生の転機となったタイミングを振り返ります。そして30年以上に渡り整備の現場に立ち続け、時代とともにグラウンド整備のあり方も変化してきたと語ります。

「昔はバウンドの勢いを殺すような柔らかいグラウンドが主流だった。だが、今は人工芝の球場が増えた影響で柔らかすぎると嫌がる選手が多い。なぜなら、走りにくいんです。甲子園は天然芝ならではの柔らかさが特徴だが、昔のタイガースに比べて今は走る選手が多いのでね」(金沢さん)

 さらに、ピッチャーマウンドについても金沢さんは話しました。現在はメジャー仕様の土に変更していて、選手の好みに合わせて硬さを調整しているのだとか。とくに印象に残っている出来事は2013年のクライマックスシリーズ、藤浪晋太郎投手の初登板を挙げます。

「数日前にピッチングコーチに呼ばれて、『晋太郎が行くから合わせてくれ』って言われて。予告先発じゃなかったので……若手スタッフに内緒で手伝わせながら、こっそり整備しました」(金沢さん)

 かつて一流選手たちから「足場を硬めにしてほしい」「内野をもう少し深くしてほしい」など細かなオーダーが気軽に投げられていましたが、現在では業界でも重鎮となりつつある金沢さんに選手達が気を遣う場面も増えたそうです。だからこそ金沢さんは「今日、グラウンドはこんな状態だから気をつけて」など、現場との信頼関係を築く会話を続けているといいます。

 今年の阪神タイガースについてたずねると、「優勝を経験しているメンバーも多い。チーム全体に落ち着いた雰囲気がある」見解を述べた金沢さん。番組の最後に、ファンへの感謝とメッセージを添えました。

「神整備だとお褒めいただいたり応援していただき、誠にありがとうございます。しかし私たちはあくまで裏方。主役は選手たちです。絶好調の阪神タイガースの応援をよろしくお願いします」(金沢さん)

※ラジオ関西『ハートフルサポーター』2025年8月11日、8月18日放送回より

LINEで送る

関連記事