関西学院大学(兵庫県西宮市)の村田治学長は、2019年11月、卒業生を対象にしたホームカミングデーで講演、関学が目指す超長期ビジョンとその背景について説明した。大学を取り巻く環境は、世界規模で変化しており、卒業生に求められる資質も激変している。「卒業生のみなさんには、『大学ではしっかり勉強しろ。昔とは違うぞ』と激励していただきたい」と呼びかけた。
大学が変質した理由の第一は進学率。村田学長は1969年と2009年が大きな節目だとし、「1969年に大学進学率が15パーセントを超えた。それまでの大学は、限られた人だけが進むエリートの時代。2009年に50パーセントを越えるまではマスの時代。現在は52~53パーセントを推移し、誰もが大学へ進むユニバーサルの時代に入った。学生も変わり、教育の中身も変わらねばならなくなった」
大学の改革は世界でも起こっている。ヨーロッパのEUは、域内でヒト、モノ、カネが自由に行き来することを目指した。「ところが一番重要な高等教育を受けた人材が動けなかった。学位制度の有無など、国によって大学の制度が異なっていた。このため約10年をかけて大卒生に求められる能力・資質が統一されていった」という。
「学習し続ける能力」、「理論を実践に移していく能力」などを挙げたうえで、「実はこのなかに専門知識が全く入っていない。専門知識はむしろ大学を出てからも学び続けることが重要になってきた。大学教育の在り方が根本的に変りつつあり、アメリカにも飛び火している」と、世界的な潮流であることを強調した。
OECD(経済協力開発機構)も2030年に向けた新しい教育枠組みを公表、「新たな価値を創造する力」、「対立やジレンマを克服する力」、「責任ある行動をとる力」の三つの力の育成が必要とするなど、教育を巡る動きが加速している。
関学が創立150周年となる2039年をにらんだ超長期ビジョン「kwansei Grand Challenge 2039」は、「こうした変化を踏まえて策定された」といい、ビジョンが目指す最も上位の目標に「真に豊かな人生」を掲げている。
「これは健康で、前向きに仕事に取り組み、家族や友人など良き人間関係の中で、建学の精神である『Mastery for Service』を実践し続ける人生の実現を意味し、そのために第二の目標として質の高い就労を目指し、学生の質を保証する様々なプログラムを用意していく」という。
学生たちが出ていく近未来を見据えれば、AIが発達した社会は避けられない。このためIBMとAI活用人材育成プログラムを開発。「AIと言えば理科系となっているが、本学では人文社会科学系のいわゆる文系の学生にこの教育をしていく。なぜならAIの活用は営業などの現場で必要になってくるから。受講の競争率も高く、学生たちはその重要性を認識している」という。
また、文部科学省と経産省が2019年にまとめた報告書「数理資本主義の時代」は、第四次産業革命を主導するために数学の重要性はますます高まるという。村田学長は、一国の経済成長や労働生産性と数学、理科の教育水準との相関関係にも触れながら「日本は、高校生を対象とした国際的な学力テストでOECDの中でもナンバーワンだが、労働生産性については21位に甘んじている。これは日本の場合、高校1年生を過ぎたころから文系、理系に分かれ、数学を勉強しなくなる。8割ぐらいが文系で、理系は2割ぐらいしか進まない」と指摘し、「関西学院はこれまで文系中心の学部というイメージがあったが、そういう区別をなくし、本当の意味での総合大学に変えていく必要がある」と強調。2021年4月に三田キャンパスの総合政策学部と理工学部の二学部を総合政策、理、工、生命環境、建築の5学部に再編し、理系学部を強化していく狙いを説明した。
終身雇用制、新規学卒一括採用、年功序列制という日本型雇用慣行が崩れつつあるなか、大学と社会の接点である就職活動も様変わりしつつある。「一括採用は学生が均質的な能力を持っていることを前提としており、背景には高度成長期の大量生産があった。これからはイノベーションを起こせる『とんがった学生』あるいは個性豊かな学生が求められる時代になった。このため起業家の育成にも力を入れていく」とした。