「助けられなくてごめん」明石歩道橋事故19年 亡くなった2歳の息子へ | ラジトピ ラジオ関西トピックス

「助けられなくてごめん」明石歩道橋事故19年 亡くなった2歳の息子へ

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 明石市で「市民夏まつり・花火大会」の見物客11人が死亡、247人が重軽傷を負ったJR朝霧駅の歩道橋事故から19年となった21日、遺族らが現場を訪れて犠牲者を追悼した。

遺族献花
「想(おもい)の像」に献花する遺族の三木清さん(手前)と下村誠治さん(奥)(7月21日・午後8時50分撮影)

 事故現場となった歩道橋では事故発生時刻の午後8時30分ごろから、遺族らが歩道橋に設けられた慰霊碑「想(おもい)の像」の前に花を手向け黙とうした。

■「安心・安全の文化は残すことができる」下村誠治さん

下村誠治さん
遺族の下村誠治さん「この場所に置いてきた時間がある」

 当時2歳だった次男・智仁ちゃんを亡くした神戸市垂水区の下村誠治さんはラジオ関西の取材に対し「毎年ここに来て子どもに謝る気持ちは変わらない。事故直後から『ここに置いてきた時間』がある。19年前のこの日、息子を連れてきた私が助けられず『申し訳ない』という思いがある。亡くなった方々は息子のように小さな子どもやお年寄りといった弱者。新型コロナウイルスも自然災害もそう。19年経って風化は仕方ないかも知れないが、安心・安全という文化は残すことはできる。皆で協力して実現しないといけない」と話した。

■「やはり防げた事故、市民の命を守る責務感じる」泉房穂・明石市長

泉・明石市長
明石市からは泉市長ら幹部7人が献花した(7月21日・午後8時30分撮影)

 当時、一般市民として事故現場近くに居合わせた明石市の泉 房穂市長も献花に訪れ「まさにこの歩道橋の真下で、あの惨状を見た。あれから19年、この事故は防げたという気持ちは変わらない。行政をつかさどる私たちが、市民の命を守るためどれだけ真摯に向き合えるか、また油断や慢心が大事故につながることを肝に命じなければならない。ご遺族の思いに終わりがないように、明石市の責任にも終わりがない」とコメントした。

明石歩道橋事故現場
事故現場の歩道橋には当時1㎡あたり最大15人が密集、「群衆雪崩」が起きた
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