明智光秀ゆかりの地として注目される兵庫・丹波地域。明智光秀が攻めた黒井城跡と麓にある興禅寺を巡るツアーが11月3日に開催されました。
「明智光秀ゆかりの地」の魅力情報発信事業「黒井城跡バスツアー」には「兵庫・神戸のヒストリアン」として活躍する田辺眞人・園田学園女子大学名誉教授、久保直子といった『ラジオで辿る光秀ゆかりの兵庫丹波』(ラジオ関西)パーソナリティー陣とともに、多数の応募の中から選ばれた20人が参加。同番組11月12日放送回では、その時の様子や田辺先生の歴史トークがオンエアされました。
ツアーでは、黒井城跡地域活性化委員会委員長の吉住孝信さんと観光案内人の臼井学さんの案内で、黒井城跡に登山。本丸跡では田辺先生と臼井さんの歴史トークが行われました。
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◆田辺眞人の歴史トーク
なかなかこの黒井城跡に登ってくるという機会は、ないと思います。「毎日、ここまで出勤するの大変だったでしょうな?」いう方もいるかもしれませんが、(当時)お城にはいません。普段は麓の館で生活し、「見張り役」が敵が来るのを監視。お城はいざというときに逃げ込む場所でした。
黒井城への登り口の横に興禅寺が見えていましたが、あのお寺は江戸時代になってからできたもので、別名「斉藤屋敷」といわれます。光秀の重臣、斉藤利三の名前がついていたということで、おそらく、黒井城の城主や侍たちは、このあたりに住んでいたということでしょうね。
赤井家はもともと、ここ(黒井城)ではなく、上流側の方が本拠地。赤井時家が後谷(ごや)城を中心に、氷上をほぼ抑え、天田郡や船井郡にまで勢力を伸ばし、次の赤井家清の時に戦国大名化していきます。ただし、時家から引き継いだ家清は、1557年に戦いで傷ついて死んでしまうんです。
『ラジオで辿る光秀ゆかりの兵庫丹波』2020年11⽉12⽇放送回音声