究極の境地 「円相」の意味を知る ラピス和尚の辻説法

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 ラジオ番組『ラピスモーニング』(ラジオ関西)で、神戸大倉山・楠寺瑠璃光苑の住職、「ラピス和尚」さんの楽しい仏教うんちくを届けています。日頃なにげなく使っている言葉が、思いもよらない“ふか~い”意味を持っている。そんな感動をラジトピで連載していきます。1月31日放送回の辻説法は「円相」(えんそう)です。

 あなたは1日のうちで、どれだけの時間、「楽しいな!」と思っていますか?

「なぜ自分は報われないのか」と考えこんだり、「なぜそんなことを言われないといけないのか」と怒ったり、「なぜ自分はだめなんだ」と悲観的になったり……。たいていの人は、そのように負けそうになりながら、自分で自分を励ましたり、機嫌を取ったりしつつ、一生懸命毎日を生きているのではないのでしょうか。

 きょう、和尚に聴くことばは、「円相」。

「円」は丸くて角がなく、終わりもはじまりもない形。

「円相」とは、図形の丸を一筆で描いたもので、単純明快な形でありながら、禅宗では最高の悟りをあらわす究極の形とされているそうです。

 正直言いまして、そんな境地になるには、かなりの時間がかかるでしょう。もしかすると一生たどり着くことができないかもしれません。

 長い静かな修行の末に描かれた墨の丸い線は、何者にも負けない強い心の平和をあらわす形なのです。

ラピス和尚

※みなさまの知りたい禅語もぜひお寄せください!
ラジオ関西『ラピスモーニング』(lps@jocr.jp)まで。

■ラジオ関西『ラピスモーニング』公式サイト
https://jocr.jp/lps/

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