ベースにあるのは事故当日の空を思い出させる、抜けるような、澄んだ青色。2021年は、1本のまっすぐな道に向かい合う2人の影が立つ。「歩む・歩んでゆく」という気持ちを表現した。空はもちろん青色のグラデーション。原点に戻りたいと思った。もともと自分が表現したいのは「あの日の青い空、みんなの心の中にも残っている青色」が印象的な水彩画。登場する2人が青い空に溶け込んでゆく。
これまで5年を1区切りにモチーフを変えている。自分の生活する上での葛藤、悩み、あるいは幸福感…絵には心の動きが如実に出てくるもの。事故から15年の昨年(2020年)のデザインはレンガ積みの塔から、割れ目を通してパノラマのように景色が広がるようなものもあった。青い空に1羽の鳥。そして水色の海の水しぶきとともに海面に浮上するクジラの姿。そして砂浜に踏み出す足跡を描いた。事故からそれぞれが自分の信じた道を歩いてきた、いわば「旅の途中」をイメージしたのだという。
去年の4月25日、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、事故現場を整備した慰霊施設「祈りの杜(もり)」での追悼慰霊式は中止に。現場近くの駐車場から遠目に祈りの杜を見つめた。隣には友人・木村さんもいた。今年も慰霊式は取り止めになった。慰霊式に行く、というよりもこの現場に行くという意味合いを改めてかみしめたい。
事故から16年、絵を描くことをあきらめようと思ったこともある。しかし周囲の励ましや友人、パートナーの存在は大きな一歩を踏み出す力になった。そして「それぞれが自分なりに心の中で折り合いをつけ、現時点での生活を大事にしている。それぞれが自分の道を選び、今まで歩んできた道と、これから歩む道を表現したかった。2005年4月25日、確かに私たちはここ(事故現場)にいた。そして16年、それぞれの人生を歩んでいる。せめてこの青空が広がる季節に、皆さんにも事故が起きたことを思い出してもらうために、表現者として描き続けたい」と話す。
木村さんが隣で言葉を掛ける。「いつかどこかで、本気で自分と向き合わないと。結局、自分を客観的に見ずに、嫌なことを忘れ去ろうとしても、忘れること自体に失敗するから」。事故を忘れてはいけない、ではない。忘れなくてもいい。色合いや形、その時その時の思いが「空色の栞」には表現されている。どうか手に取ってほしい。誰もが願う、安心で安全な社会ってこんなに優しいのだと気付けるはずだから。また1年後、どのような気持ちが絵筆を走らせるのだろう。