御食国として有名な淡路島は「悠久の時」を今も刻み続ける 『歴パ!ひょうご地域遺産バトンリレー』(10)

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 兵庫県には、文化庁が認定した「日本遺産」が9件、国指定史跡のお城が22城あり、いずれも全国最多を誇る。また、1000を超す城跡や播磨国風土記など、個性豊かな地域遺産を数多く有している。そうした兵庫の歴史を学びながら、周辺のおすすめスポットを計15回のシリーズで紹介する。

【第10回】国生みの島・淡路

 日本最古の歴史書『古事記』の冒頭を飾る「国生み神話」では、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、伊弉冉尊(いざなみのみこと)の2柱の神により最初にできたのが「おのころ島」とされている。混沌とした下界を天沼矛(あめのぬぼこ)で「塩コオロコオロ」とかき回し、矛先から滴り落ちた塩のしずくが固まって姿を現したのが「おのころ島」、そして2柱の神がそこに降りたち、婚姻を行って最初に生まれたのが「淡路島」だと記されている。

 そんな淡路島が「特別な島」に祭り上げられたのには理由がある。まずは、新時代の幕開けを告げる金属器文化だ。とりわけ「銅鐸」については、島に制作工房があったと思われ、先進地だったと言える。

左)7個全てに舌が伴う松帆銅鐸 右)朱を生産した二ツ石戎ノ前遺跡の石杵(出典:日本遺産ポータルサイト)
コヤダニ古墳の三角縁神獣鏡(出典:日本遺産ポータルサイト)

 もう1つは「海人(あま)」と呼ばれる海の民の存在だ。

 航海術と合わせて、なりわいとした「塩づくり」にも長けており、淡路はその塩をはじめ魚や海藻など海産物の産地として存在感を発揮。名声は都にまで届いた。天皇の食料を朝廷に納める「御食国(みけつくに)」となったのはその証しだろう。『古事記』と照らし合わせても、おのころ島誕生の描写は海人の塩づくりに重なり、下界が渦巻くさまは鳴門海峡の渦潮を想像させる。

『万葉集』などにも、淡路に絡む表現が多数出てくる。例えば、山部赤人(やまべのあかひと)は『万葉集』の長歌で「淡路島 松帆の浦に 朝なぎに 玉藻刈りつつ 夕なぎに 藻塩焼きつつ 海人娘女」と、海人の塩づくりの様子を詠んでいる。

 このように淡路島は、天皇の食膳を司る御食国として塩や良質の海の幸を朝廷に献上し、王権や都の暮らしを支え、豊かに彩ったと考えられる。


【バー&ショップ 青海波 古酒の舎】
住所 兵庫県淡路市野島大川70
営業時間 12:00~21:00
定休日 木曜(祝日の場合は営業)
問い合わせ 電話 0799-70-9020
【公式サイト】



【兵庫県公式観光サイトHYOGO!ナビ】
【文化庁日本遺産ポータルサイト】

「歴パ!ひょうご地域遺産バトンリレー」アーカイブ記事


『歴パ!ひょうご地域遺産バトンリレー』2021年10月16日放送分

 

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