「プロジェクトのトップの僕が怒ると全部がボロボロになる。崩壊すると思った。だから、周りが怒っても僕だけは怒らないようにした。するとね、みんなも怒ることをやめていった」
怒号がなくなった職場は雰囲気が変わり、コミュニケーションも改善。課題だった技術開発も前に進み始める。
「みんなトップの振る舞いをみている。あのときに怒らないことの大事さを学んだ。『怒らないことのストレスは?』と聞かれるけど、毎日ものすごいトラブルの連続だったから、途中から笑うしかなくてね。気がついたらうまく回ってましたね。それがみんなの自信にもつながった」
海外で鍛えられた“ポジティブ思考”はその後も、社業の分岐点で発揮される。いまでこそ、世に出回っている大手のゲーム機などの中で使われるゴム部品をつくっているヒラタ。だが、もともとはゴム製品の商社がルーツ。ゴムの部品は海外の工場で発注していただけで、直接製造はしていなかった。
しかしあるとき、注文していた海外工場が、注文と全く違う材料で製造していることが納品先の検査で発覚。「もう会社が終わるかもしれない」(藤田さん)という危機感のなか、代わりの受注先を海外で探すが見つからない。万事休すか、というところで、藤田氏がまたしても決断する。「受けてくれるところがないなら、自社で作ろう。この部品が使われることがなくなるまで、最後の一個までうちで供給し続けよう」。
いまやヒラタのゴム製品は、事業で欠かせない存在にまでなったというが、「あのときの決断がなければ、いまもゴム製品をつくってはいない」と言い切る。まさに、ピンチのあとにチャンスありだ。
※ラジオ関西『ピンチのあとにチャンスあり!』2021年10月8日・15日放送回より
◆株式会社ヒラタ
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