老若男女さまざまな人が利用する駅構内や電車内では、トラブルも後を絶ちません。特にここ最近増えているのが、暴力を振るわれる「暴行」事件です。昨年で言えば、小田急電鉄や京王電鉄など、列車内での無差別事件が続きました。日常的に鉄道を利用する者としては他人事ではありません。列車内での無差別事件で鉄道会社が負う責任は? 発生を防ぐ方策はあるのでしょうか。数々の鉄道事故に遺族代理人として携わってきた、佐藤健宗法律事務所の佐藤健宗弁護士に聞きました。
――鉄道会社には「乗客を安全に運ぶ義務」があります。鉄道事業を規律する鉄道事業法の第18条の2にも、「鉄道事業者は、輸送の安全の確保が最も重要であることを自覚し、絶えず輸送の安全性の向上に努めなければならない」と規定されています。しかし、車両や線路に問題があった場合はともかく、無差別事件のような“乗客の1人が起こす車内での無差別事件”に対して、鉄道会社の安全配慮義務違反を問い、鉄道会社に責任を負わせるのは難しいといいます。
【佐藤弁護士】鉄道会社は原則として乗客に対して乗車を拒否することができませんし、毒物や凶器を持ち込むにしても、それを事前にチェックする仕組みに現時点ではなっていません。日本の鉄道は短い間隔できっちりと時間通りに運行しているので、全ての乗客を一人一人確認するとなると、そのメリットもなくなってしまします。
もちろん鉄道会社も何も対策をしていないわけではなく、最近では、AIを搭載した防犯カメラの「不審者検知」や「顔認証」機能によって、緊急状態の検知を行う研究が進められています。また、2021年10月の京王電鉄の事件を踏まえて、国交省(国土交通省)は、車両新造時等の車内防犯カメラ設置、非常用設備の表示共通化などの対策を発表しています。現時点での鉄道会社としての対策はこれが限界と言えそうです。
――しかし、電車内へのカメラの設置はプライバシー侵害になるという声もあります。佐藤弁護士の見解はどうでしょうか。
【佐藤弁護士】実は最近、乗客が乗務員に対し、暴言を吐いたり、悪質なクレームを言いつけたり、中には暴力を振るうなどのトラブルの報告が増えています。いわゆる「カスハラ(カスタマーハラスメント)」というものですが、鉄道会社側としてはそういうトラブルを防ぐためにも設置したいと考えます。もちろん、さまざまな事件の抑止力にもつながるため、全面的に防犯カメラを設置することが許されないとは言えないでしょう。
一方でプライバシーの観点で言うと、撮影した映像や音声はいつまでも置いておかないで一定期間が過ぎると削除するなど、責任を持って管理する必要があると考えます。
もはや私達の生活の一部となっており、生活に欠かせない公共交通機関。鉄道会社はプライバシー面への配慮をしながら、新たな技術を取り入れた防犯カメラの設置を進めて行く必要がありそうです。もちろん、乗客である私たちも、安全確保措置をとれる環境づくりに協力するなど、安全確保には双方の理解と協力が必要といえるでしょう。
――佐藤弁護士といえば、過去に信楽高原鐡道(てつどう・以下、鉄道)事故や明石歩道橋事故、JR西日本福知山線脱線事故で遺族側の代理人として被害者・遺族支援などを行ってきました。特に信楽高原鉄道の事故では、日本に鉄道事故の調査委員会が設置されていないことが明らかとなり、遺族と弁護団で海外の法制度の調査にも出かけられました。