田中当主は、「天秤搾りを復活させたのは、ただ温故知新を、との思いだけだったが、この手法はカーボンゼロ。電力を使わず手動のみの作業は石灰燃料を使用しない。機械なら1日で搾れるものをじっくり時間をかけているが、生産性を考えればすべて手動とはいかず、機械式と伝統的な方法を融合している。全国的にも数少ない搾りの技法はSDGs(持続可能な開発目標)にも合致する。そもそも酒米は酒粕となり、フードロスもない」。近頃、改めて温故知新の重みを感じるという。
約60キロの石を棒の端に3個つるすと、ギシギシと木がきしむ音がする。その瞬間、約80袋(1袋約5リットル)分の醪(もろみ)を圧搾して酒が流れ出る。初めのうちは「荒走り」と呼ばれ、白く濁るが、徐々に透き通っていった。
400リットルの酒を3日で搾り、『名刀正宗 しぼりたて石掛式天秤搾り』として12月から販売される。
もとは但馬杜氏の須川陽司さんは、田中酒造場での酒造りは8シーズン目になる。「今年の米質は硬く、水に浸ける時間を長くするなどして、例年と同じ味わいになった。どのような気温でも技を駆使して仕上がりを一定にするのが杜氏の仕事。今年も味に深みを持たせた。そして米の旨みと甘みを最大限に生かした」と話した。寒冷地の但馬地方(日本海に面した兵庫県北部)と比べて播磨地方(瀬戸内海沿いの南西部)は温暖で雪も少ない。米の旨みが溶けやすく、コクのある酒に仕上がるという。
播州・姫路の新酒搾りはこれからが本番。蔵には新酒造りのシンボル、青々とした杉玉が間もなく掲げられる。