そこにあるのは1枚の大きな写真、のように見える。近づくとそれは無数の写真の集まりだとわかる。旅をテーマに撮影した膨大な数の写真を1枚1枚手作業でコラージュして制作する写真家・西野壮平の、関西では初めてとなる本格的な個展が、尼崎市総合文化センター・美術ホールで開かれている。2022年12月25日(日)まで。
西野さんの作品の原点ともいえる「Diorama Map」シリーズは、自身がその街に滞在し「とにかく歩いて」撮影した写真を、アトリエで記憶をもとにつなぎ合わせた作品。高い所から俯瞰で撮影したものから、人と同じ高さの目線で撮影したものなどが混在する。「Diorama Map Beppu」(2020)は、別府温泉におよそ1か月間滞在して街全体を撮影、2万3000枚もの写真をコラージュして作品を作り上げた。立ち上る湯気から温泉に浸かる人など、地図のようにも見えるが人々の暮らしやコミュニケーションの痕、そして「その時」の街の姿がそこにある。
「撮影は楽しい。でも大量の写真をキャンパスに張りあわす作業が大変」と西野さんは言う。1つの作品を仕上げるのに撮影を含め4~5か月かかるという。
コロナ禍で旅を制限されている中、西野さんはアトリエを構える静岡県・伊豆の海を撮影した。緊急事態宣言が初めて出されたころの作品は、津波のように迫りくる荒々しい波だったのが、そのおよそ1年後の作品は、穏やかになったものの閉鎖されたような入江がうつしだされている。尼崎市文化振興財団の妹尾綾学芸員は「旅に出られないという状況でコロナに抗うような強い心と、その後コロナを受け止め冷静になったという心情が表されているのではないか」と話す。
また、港に停泊する船のロープの影を撮影し、つなぎ合わせた「Study of Anchorage」(2020)は、書のように見え、「旅に出ることができない自分の気持ちを代弁しているよう」だという。
西野さんは自然と向き合う中で、フィールドを広げ、エベレスト山と富士山にも目を向けた。空港、麓の街、ハイカー、荷物を運ぶヤク。「Mountain Line Mt. Everest」(2019)では、登山者たちがどのような風景を見ているのか、シェルパ族の人たちがどのように暮らし、山とどのようにかかわっているのかを撮影することに力を注いだ。「Mountain Line Mt. Fuji」(2021)は、曼荼羅や「すやり霞」という日本画の遠近法のスタイルを取り入れ、茶畑や樹海、サーキット、遊園地の他、信仰登山をする人やハイカーたちの姿で「山」を映し出した。