最近でこそ夫婦は共働きで家事や育児は分担というスタイルが一般的になっていますが、それが確立したのは、ごく最近のこと。昭和のヒットソングを聴くと、たった数十年の間に男女の結婚観や家庭における役割が大きく変化していることがわかります。今回は結婚について歌った昭和のヒットソングをひもときながら、日本の結婚観の変遷について、シンガーソングライター・音楽評論家の中将タカノリと、シンガーソングライター・TikTokerの橋本菜津美が紹介します。
【中将タカノリ(以下「中将」)】 以前、番組のコーナー「なつみの激推しソング」(ラジオ関西『中将タカノリ・橋本菜津美の昭和卍パラダイス』内)で新沼謙治さんの「嫁に来ないか」(1976)を紹介しましたが、あらためて時代によって結婚観はさまざまだと感じました。今回は昭和のポップスをひもときつつ、男女の結婚がどのように歌われていたのか紹介したいと思います。
【橋本菜津美(以下「橋本」)】 昭和の曲を聴いて違和感を感じることは確かにあります。”若者の代表”として売ってきた私もとうとう今年で30歳なので、今回はいろんな曲を聴いて結婚について考えたいと思います(笑)。
【中将】 1曲目はまさに結婚ソング! はしだのりひことクライマックスで「花嫁」(1971)。親の反対にあっているのか、好きな男性のもとに夜汽車で嫁いでいく女性の駆け落ちを歌った曲ですね。
【橋本】 ロマンティックですね! あまり聞かないけど、最近でも駆け落ちってあるのでしょうか?
【中将】 なくはないかもしれないけど、あんまりクローズアップされないですよね。連絡を取ろうと思ったら携帯やLINEですぐつながっちゃう時代だから、そこまで悲壮感がないというか……。
当時、駆け落ちが多かったのは時代背景があります。この曲は1971年の作品ですが、1960年代半ばまでは恋愛結婚よりもお見合い結婚のほうが多い時代でした。つまり結婚に親の意向が大きく影響したんですね。だから親に反対されたら、従うか駆け落ちするかしかなかったわけです。
【橋本】 お見合いって私の世代にとったら昔のドラマの中の出来事ですね……。でも、今、流行っているマッチングアプリなどは、現代版お見合いなのかもしれません。
【中将】 マッチングアプリにせよ、親が介在することはほとんどないので個人主体ですよね。1970年頃はこの曲や吉田拓郎さんの「結婚しようよ」(1972)などのフォークソングに見られるように、封建的な結婚の価値観が崩れて、個人主体の結婚という価値観が育っていく時代でした。
次にご紹介する曲は小柳ルミ子さんの「瀬戸の花嫁」(1972)。瀬戸の島々が浮かんでくる、なんだか古めかしい歌詞ですが、それでも「愛があるから大丈夫なの」と、この花嫁は恋愛を経て結婚したことがわかります。
【橋本】 さっきの曲もそうでしたが、結婚するということが親元からの永遠の旅立ちみたいなイメージですよね。最近の省エネな結婚と比べると、そこにかける思いがめちゃくちゃ重いんだなと感じます。
私の友だちでマッチングアプリで結婚した子がいますが、いろんな条件で会う人を選んで、会ったその日に結婚の意思を確認して……という感じで、あまり結婚に時間や労力をかけたくないと言っていました。
※ラジオ関西『中将タカノリ・橋本菜津美の昭和卍パラダイス』放送1周年記念イベントが3月15日(水)に神戸・三宮のチキンジョージで開催されます!
●ラジオ関西「中将タカノリ・橋本菜津美の昭和卍パラダイス」公開収録スペシャル
1部 「中将タカノリ・橋本菜津美の昭和卍パラダイス」ラジオ公開収録
2部 ラピス和尚監督、橋本菜津美主演映画「4390」制作発表トークショー
3部 中将タカノリと橋本菜津美がゲストを迎えお送りする昭和歌謡ライブショー
開催日時 2023年3月15日(水)18:30開場/19:00開演
入場料 3000円+ドリンク代
会場 チキンジョージ(兵庫県神戸市中央区下山手通2-17-2-B1F)
http://www.chicken-george.co.jp/
イベント詳細HP http://info.lazy-art.net/?eid=51