――どのような広告があった?
【田中さん】 1日に何本も揚げるパターンとしてはセールの告知はもちろん、開店を祝う花輪の代わりとして、食品メーカーや企業などから「祝オープン 〇〇株式会社」などの文字が書かれたアドバルーンを依頼されることが多かったです。
当時はとにかく派手で目立つものが好まれる時代だったため、数多くの企業がアドバルーンを揚げていました。たとえば、あるお店が50本のアドバルーンを飛ばしたら、近くにあるお店が「じゃあうちは100本や」みたいな感じで競争し合っているような時代でしたね(笑)。
――アドバルーンが減少した理由は?
【田中さん】 都市部においてはビルやマンションなど建物が高層化したことで、アドバルーンを飛ばしても見えづらくなってしまったことが理由に挙げられます。そして、アドバルーンは天候に左右されやすい。雨風が強い日には揚げることができないなど、広告に対する不確定要素が敬遠される原因なのかもしれません。そのほかにも、テレビやネットなど広告のバリエーションが増えたことも要因だと思います。
――現在もアドバルーンを見ることはできる?
【田中さん】 かつては多数の企業がアドバルーンを掲げていましたが、現在は数えるほどしかありません。ただ、数はかなり少なくなったものの、今でも一部の家電量販店やホームセンターから依頼が来ることがあります。
現在、中部アドでは、屋内の展示会ブースで掲げる小さなアドバルーンのほかに、商品やキャラクター型のアドバルーン、子どもたちに向けたエアー遊具、イベントで展示されるようなキャラクターバルーンなど、さまざまなバリエーションの商品を製造しています。
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「アドバルーンはウキウキするような見た目をしている。それを見て楽しく買い物をしてくれたらうれしい。昔アドバルーンをよく見ていた世代の方たちには、その懐かしさから子ども時代を思い出してもらえたら」と語った田中さん。
昭和の空を彩った「アドバルーン」。掲げられる数は少なくなってしまいましたが、もしもデパートの上空で見かけることがあれば、思わぬラッキーな特売セールに出会えるかもしれません。
(取材・文=濱田象太朗)