YMOと「戦メリ」だけじゃない…昭和のポップス・歌謡曲シーンに大きな影響をあたえた坂本龍一さんの功績 | ラジトピ ラジオ関西トピックス

YMOと「戦メリ」だけじゃない…昭和のポップス・歌謡曲シーンに大きな影響をあたえた坂本龍一さんの功績

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 がんとの長い闘病生活の末、3月28日に亡くなった坂本龍一さんが亡くなっていたことがわかりました。1978年に細野晴臣さん、高橋幸宏さんと結成したイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)で一世風靡。その後も『戦場のメリークリスマス』(1983)、『ラストエンペラー』(1987)などの映画音楽を手がけ、世界的注目を浴び続けた坂本「教授」ですが、彼のあふれる才能は国内の音楽シーンにも大きな影響を与えました。今回は坂本さんをしのび、彼が手がけたついて昭和のポップスや歌謡曲たちについて、シンガーソングライター・音楽評論家の中将タカノリと、シンガーソングライター・TikTokerの橋本菜津美が紹介します。

昭和時代のポップス、歌謡曲にも大きな影響を与えた坂本龍一さん(画像はイメージです)

【中将タカノリ(以下「中将」)】 3月28日に坂本龍一さんが亡くなっていたことがわかりました。今回の放送(ラジオ関西『中将タカノリ・橋本菜津美の昭和卍パラダイス』)は坂本さんの追悼回ということでお届けしたいと思います。

【橋本菜津美(以下「橋本」)】 おいくつだったのか調べましたが、まだ71歳。もっと高齢でも元気な方が多い時代なので残念ですね。

【中将】 報道では坂本さんが好きだったという「芸術は長く、人生は短し」という言葉がクローズアップされましたが、まさにそれを体現したかのような人生ですね。身体はなくなっても坂本さんが残した音楽は長く人々に愛されていくと思います。菜津美ちゃんは坂本さんにはどんなイメージを持っていたのでしょうか?

【橋本】 私にとってはやっぱり映画『戦場のメリークリスマス』の音楽を作った方という印象が大きいですね。

【中将】 そうですね、ほかにも『ラストエンペラー』など数々の大作映画の音楽を手がけたことは坂本さんのリスナーの裾野を大きく広げていると思います。また、菜津美ちゃんのように若い世代の人にとってはいかにも成熟した“偉大な音楽家”という印象かもしれませんが、今50代、60代くらいの人たちにとってはYMO、イエロー・マジック・オーケストラの頃の革命的なテクノミュージックが強烈に印象に残っていると思います。

【橋本】 1つのジャンルにとどまらず、さまざまな分野で名曲を残しておられる方なんですね。

【中将】 幼稚園からクラシックを中心に正統な音楽教育を受けた方なので、クラシックはもちろんロック、ポップスまで知識の幅がとても広いんですね。テクノと映画音楽ばかりクローズアップされがちですが、坂本さんはその豊かな知識と抜群のセンスをもって、1970年代、1980年代のいわゆる昭和のポップス、歌謡曲シーンでも数々の名曲を手がけています。たとえば編曲を担当したサーカスの「アメリカン・フィーリング」(1979)。クラシックを学んだ坂本さんらしく、チェンバロをフィーチャーしたサウンドが絶妙ですよね。斬新な要素も散りばめつつ、ちゃんとスタンダードなポップスに仕上がっています。

【橋本】 ボーカルが男女混声のコーラスなので編曲のバランスが難しそうですが、ちゃんと歌が前に出ていますよね。

【中将】 当時はYMOがブレイクした時期ですが、だからってなんでもテクノ風味にしちゃうんじゃなくて、こういう編曲もできてしまうのが才能ですよね。坂本さんはこの曲で日本レコード大賞編曲賞受賞を受賞しています。


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中将タカノリ・橋本菜津美の昭和卍パラダイス | ラジオ関西 | 2023/04/07/火 20:30-21:00

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