泉市長が3月21日に後継として出馬を打診。市議会で是々非々で意見を交わしていた丸谷氏は、“泉派”ではなかったが、泉氏市長いわく「(泉氏自身の)路線を引き継いでもらいつつ、トラブルなく職員とも議会とも丁寧にやってもらえる候補だ」というのが決め手になったという。
泉市長のトップダウン型ではなく、ボトムアップ方式の市政運営を目指す丸谷氏。「言葉を尽くして、丁寧に」という姿勢が、会話の端々で聞かれる。
泉市政が進めた子育て支援策の継続のほか、地域経済活性化のための「市民全員サポート券」の発行に加え、タウンミーティングの毎月開催などを公約に挙げ、泉市長が3期12年間で進めてきた「子どもを軸とした街づくり」を継続させることを誓った。
泉市長は、「これから4月末の任期満了まで、しっかりと引継ぎをして、泉時代から丸谷時代へ。私は一切口出しはしない。選挙で選ばれた者が全責任を負い、権限を行使するのが本来の姿」と話し、自ら立ち上げた政治団体「明石市民の会」の解散を公表した。
その理由として「これまでの12年間やってきたことを丸谷さんにつなぎ、一緒に頑張る仲間を増やすという目的は達成した」と説明した。
選挙戦での相手は自民、公明が推薦する、いわば大組織に戦いを挑む構図だった。丸谷氏は「大きな組織の力を市民に覆いかぶせるのではなく、市民を信じ切って自分の思いを伝えたことがベストの結果をもたらした」と振り返った。
泉市長は「(自身が初当選した)12年前は接戦となり、日付が変わる直前にわずか69票差で制した。それが今では投票締め切り直後の午後8時に当選確実が出るようになった。市民と歩み、市民が街づくりの主人公だということが浸透した結果」と評した。
「子育て世代が安心して暮らせる明石市、泉市政下で実現した子ども政策での医療費、給食費など“5つの無料化”に心を乗せた政策を進めることができたら、もっともっと『明石で暮らしたい』と思ってもらえるのではないか」と、今後の展望を示す。
3期12年、さまざまな独自政策を推し進めた泉市長から引き継ぐ重圧は大きい。「いばらの道」とか「火中の栗を拾うようなもの」と言われる。しかし丸谷氏は「火中の栗でなければ、私は(市長選への出馬要請を)受けなかった。火中の栗だからこそ拾ったし、栗は火の中で弾けないと美味しくならない。時にはやけどするかもしれない。しかし、私は自分のためではなく、明石の街、市民の皆さんのために役に立てるならという、その一心だ。命を捧げてもいいと思っている」と締めくくった。