「あの伝説の深夜番組」『11PM』~25年も続いた理由とは | ラジトピ ラジオ関西トピックス

「あの伝説の深夜番組」『11PM』~25年も続いた理由とは

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 私の初出演は1981(昭和56)年。京都・銀閣寺近くに誕生した「ノーパン喫茶」の潜入取材。警察官の格好で行ったのが忘れられません。以降、潜入取材は夫婦交換パーティーや愛人バンク、夕暮れ族などにも及んでいきました。

 当初、横山プリンさん・高橋基子さんが受け持っていた「情報出しコーナー」を私が後に受け持ち、謎の外国人・ランゲ(ウイリヘルム・ランゲさん)をはじめ、九十九一、春やすこ、タージン、ハイヒールのモモコさんらと共演することになります。

 また火曜は「秘湯の旅」のコーナーも大人気でした。初々しい女性リポーターがペアで各地の露天風呂を紹介。ほぼ全裸に近い姿で「泉質は?」「効能は?」と伝えてくれました。あいにく私の手元には写真もビデオも全く残っていないのですが、さわやかなお色気をこっそり楽しみに見ていた殿方も多かったことでしょう。

 木曜は隔週で全国の系列局が担当するため、藤本さんやスタッフは2週間に1回は地方出張して日本各地の文化や風俗に迫ります。

 日本海テレビからの中継の時、露天風呂の前で三沢あけみさんが歌います。歌い終わったあとリハーサルからずっと湯につかっていた男性客がのぼせて急にカメラの前に立ち上がり大事な部分が一瞬、映ってしまいます。番組はすぐにCMに行き、再びスタジオに戻った時のホステスの市川靖子さんの「ふつつかなものをお見せいたしまして失礼しました」は名言として残っています。

 そのほか木曜では年末にやっていた「全国温泉芸者歌合戦」「全国バスガイド歌合戦」「夜のレコード大賞(のちの全日本有線大賞)」などはスタジオ内が異様な盛り上がりをみせていました。

『11PM』は提供スポンサーをつけず、すべてをスポットCMにしたため、スポンサーの意向を気にせず、自由な番組がつくれたのは大きかったようです。各曜日の司会者の個性を存分に生かし、スポンサーに忖度することなく、各ディレクターが政治・経済からサブカルや風俗までやりたい企画をやる。コンプライアンスもゆるく、裸のコードもゆるかった時代だからできた貴重な深夜の生ワイドショーでした。

 司会者やスタッフも鬼籍に入った方が多く、もう再現の余地もありませんが、あなたにとっても親の目を盗んでこっそり見た、なつかしい青春の番組ではなかったでしょうか。(羽川英樹)

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羽川英樹ハッスル! (1) | ラジオ関西 | 2023/08/17/木 10:00-11:00

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