福島・南相馬の原発20キロ圏内では「ウクライナ危機という最中、税金使って国葬をするのか」と話す女性。その時、テレビニュースで国葬の費用総額が16億6千万円程度になると報じた。
安倍元首相の地元、山口・下関。安倍晋三事務所に弔問で訪れた男性は「悔しいよね。逆恨みみたいな…」と声を詰まらせる。
また、沖縄・辺野古では「『国葬に反対』って力強く言っている人たちも、1週間くらいしたら、スーッと今までの生活モードに戻っていくと思う」というコメントも聞かれた。
安倍元首相の国葬について、その賛否を問う直前の世論調査では、おおむね賛成4割・反対6割だった。国葬が終わり、その是非についての議論はしだいに収束気味となり、旧統一教会と政治家との関係に再び焦点が移っていく。
あれから1年、日本特有の”先送り主義”が顔をのぞかせ、”なし崩し”的に進んだのではないかと大島監督は指摘する。そこにくさびを打つかのようなドキュメンタリー映画「国葬の日」。
技巧にも工夫は施した。いわゆる“取って出し”のように見えるが、実はそうではない。テレビ番組ならば、ザッピング(視聴者がリモコンでチャンネルを頻繁に切り替える)の恐怖があるが、映画にはそれがないため、前半はゆったりと撮り、後半に言葉を多くした。余白を多く作ると、観る人が考える時間を作ることができる。テレビの場合はナレーションやBGMでつないでしまうから、視聴者に隙(すき)を与えない。これが大きな違いだ。
国葬に賛成していた人、反対していた人、安倍元首相を支持していた人、支持しなかった人、どの立ち位置にいる人も、この映画を見て「モヤモヤする、どうも後味が良くない」という感情を抱くのではないかと話す。国葬を終え、その是非への議論がうやむやになろうとしている。大島監督が「作品を観て困惑している」というのも、当初の目的だったという。それは自身を含む、いわゆる”リベラル派”の言葉が、無関心層に届いていないのではないかという思いがあったからだ。
憲政史上最長の8年8か月もの間、政権を担った安倍元首相は、確かに一定の支持があったからこそ長期にわたった。その政策について詳しく語られることなく「何となく(イメージで)好き」という人もいる一方、国葬反対のデモをする人々、それを毛嫌いする政治への無関心層の思いも含めて、日本人を客観的に見たいという思いがあった。
「テレビマン(テレビ局員)として、さまざまな番組に関わってきたが、ポピュラーでないといけない、マス(大衆)相手でないといけない、視聴率を上げなければいけない、という感覚に終始するのは、時として疲れを感じる。多様性を考える時代ならなおさら」と話す大島監督。
この映画で話を聞いたのは数十人だが、実にバリエーションに富んでいると自身が評価するこの映画が、この先、日本人の考え方をつづった貴重な記録として価値を持つ日は遠くない。
■映画「国葬の日」監督・大島新(おおしま・あらた)
1969(昭和44)年神奈川県生まれ。ドキュメンタリー監督、プロデューサー、1995(平成7)年早稲田大学第一文学部卒業後、フジテレビに入社。「NONFIX」「ザ・ノンフィクション」などドキュメンタリー番組のディレクターを務める。1999(平成11)年にフジテレビを退社し、フリーランスとして活動を始める。「情熱大陸」「課外授業 ようこそ先輩」などを演出。映画監督としては、衆議院議員・小川淳也氏の17年を追った『なぜ君は総理大臣になれないのか』(2020年・監督3作目)で第94回キネマ旬報文化映画ベスト・テン第1位などを受賞。故・大島渚監督の次男。
■「『国葬の日』本予告編
【映画「国葬の日」WEBサイト】