仕事が終わって家に帰り、キンキンに冷えたビールでのどを潤す。1杯で終わらせるはずが、ついつい2杯目に……。なんて“夜のひと時”を至福の時間としている人も多いのではないでしょうか。今も昔も、そんな時間を支え続けているのがお酒の“アテ”です。
どの時代にもさまざまなアテが存在しますが、「昭和のおつまみ」と聞くと、大人も子どもも魅了した、銀紙に包まれたあの定番おつまみ「ツナピコ」を思い出す人も決して少なくないはず。懐かしのアテ「ツナピコ」について、開発元の石原水産株式会社(静岡県焼津市)の土橋(どばし)さんに話を聞きました。
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―――「ツナピコ」の発祥はいつ?
【土橋さん】 今から約50年前、1975年10月に発売を開始しました。当時は現在のように冷凍技術が発達していなかったため、魚の鮮度を保ったまま保存・全国へ発送することが難しい時代でした。そのため弊社では、獲れた魚をむだにしないように佃煮にするなどの加工を施し日持ちさせることが多くありました。その加工技術がどんどん発展した結果、「ツナピコ」が誕生したんです。
―――なぜ石原水産で生まれた?
【土橋さん】 焼津地域のなかでも、弊社は少し変わり者として有名でして(笑)。当時から「魚は鮮魚で食べるのが1番おいしい」というのが定説だったのですが、弊社ではいろいろな味をつけたり乾燥させたり、数多くの加工開発に取り組んでいました。そのなかのひとつ「魚を乾燥させる」という技術を使い、マグロの佃煮を乾燥させてブロック状にした「ツナピコ」が開発されました。
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―――なぜ銀色の包み紙を使った?
【土橋さん】 これは偶然が重なった結果なんです。同商品ができた際、「透明の袋に入れただけではほかの商品と変わらず、味気ない」と考えた創業者。当時、キャラメルが世に出回りはじめたタイミングだったこともあり、キャラメルの包み紙を使用することを思いついたといいます。
そのとき、キャラメルを包む機械を開発した機械屋さんが偶然近くにいたのですが、その機械を普及させるため試しに使ってくれる企業を探しているところだったそう。そこで「どうせ包むなら金と銀のきらびやかなものにしよう」となり、完成に至ったそうです。