阪神・淡路大震災は、防災行政のあり方を変えた。危機管理についての考え方も進んだ。松本さんは「起こりうる危機の想定が重要」と強調する。
29年前、世間一般に「関西で地震が起きるなど考えられない」という思い込みがあった。しかしそれは、何の根拠もないことだった。自身が「コンクリートの建物の1階が倒壊するなんてあり得ない」と思ったことも、あらゆる危機を想定していなかったからと振り返る。
世の中の危機は数多くある。一見、問題なく見える現状で危機を認識する力こそが”イマジネーション力=危機意識”だと話した。
“危機管理”には2つの概念がある。一つは危機の事前対策(リスクマネジネント)、もう一つは危機発生時の緊急事態への対処(クライシスマネジメント)。日本語では同じ「危機管理」という言葉になる。
危機状態が発生する前に想像し、それに基づいた対策ができるのか…その想像部分が非常に重要で、訓練などがそれにあたるが、もっと重要なのは、いざ危機的状態が起きた時、いかに効率的に活用できるかが問われている。
今後、高い確率での発生が想定される「南海トラフ巨大地震」。兵庫県内では全壊家屋が約3.7万棟、死者は約2.9万人、避難所生活者数が約17万人というシュミレーションデータがある。
しかし、兵庫県の「南海トラフ地震・津波対策アクションプランプログラム」によれば、避難を迅速に、建物の耐震化を進めるなどすれば、全壊家屋が約1.2万棟、死者は約400人、避難所生活者数は約10万人まで減らすことができるという。
危機を本気で想定することは難しい。人間には「おそらく(災害は)すぐに来ないだろう」「来ても大したことはない」といった、『正常化バイアス』という心理が働くからだと松本さんは指摘する。
「備えあれば、憂いなし」ではなく、「憂いなければ、備えなし」。まさかではなく、「もしかしたら」という発想が、1人でも多くの命を救うことができると結んだ。
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兵庫県警では阪神・淡路大震災後に採用された警察官が、全体の8割にのぼり、震災時対応の伝承が急がれる。
講義を受けた初任科生の感想はさまざま。「卒業目前で、間もなく現場に出る警察官である以上、災害時にどう対応するかをより真剣に考えたい」、「私たちが助ける側として、心の準備が必要。いかに強い心で接することができるか、訓練に励みたい」、「阪神・淡路大震災で父親が務める神戸市長田区の会社が被災し、子どものころから家族で震災が話題になることもあったが、警察官の先輩から生々しい話を聞くことができ、警察官としての自覚を持つことができた」と感想を述べた。
松本さんは講義で、当直明けの交番のベッドで揺れを感じ、時と場所を選ばない災害のリアルな姿を丁寧に伝えた。そして「大がかりな救出活動や、感動的なエピソードではないが、これから起きうる巨大地震などの災害にどう対応していくのか、実践的な話として伝われば」と話した。