兵庫陶芸美術館(兵庫県丹波篠山市)では5月26日(日)まで、特別展「フィンランド・グラスアート-輝きと彩りのモダンデザイン-」が開かれている。展示に関して分かりやすくひもとく解説シリーズ「リモート・ミュージアム・トーク」の今回の担当は、同館学芸員のマルテル坂本牧子さん。閉幕が近づいている同展の見どころなどについて教えてもらう。
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兵庫陶芸美術館(兵庫県丹波篠山市)ではこの春、特別展「フィンランド・グラスアート-輝きと彩りのモダンデザイン-」を開催し、好評を得ています。本展では、1930年代から現代まで、北欧フィンランドを代表する8名のデザイナーや作家たちが、「アートグラス」と銘打って制作した芸術的志向の強いガラス作品に焦点を当て、「パイオニア・黄金期・現代」の三章仕立てで、フィンランド・グラスアートの系譜をたどります。
出品作品はすべて、フィンランドの「コレクション・カッコネン」より借用。実業家であるキュオスティ・カッコネン氏は、フィンランドの優れた芸術作品が国外に流れてしまわないよう、1980年代から絵画を中心に作品収集を始め、その後、陶芸やガラスなどの工芸作品を精力的に集めて、一大コレクションを築きました。今回は、その中からえりすぐった約130点余りのガラス作品を一堂に展示しています。
ところで、「グラスアート」という言葉は聞き慣れないかもしれません。日本では、「ガラス」という呼称が定着しているのですが、その語源となったオランダ語や英語では「グラス」と発音します。本展ではそのことを踏まえ、あえて「グラスアート」と表記しています。
フィンランドに最初のガラス製作所が設立されたのは、スウェーデン支配下の1681年ですが、本格的にガラス製造が始まるのは、18世紀半ばになってから。1793年に設立されたヌータヤルヴィ・ガラス製作所を草分けとし、1809年にフィンランドがロシアに併合された後、1881年にイッタラ、1889年にカルフラ、1910年にリーヒマキなどの老舗ガラス製作所が相次いで設立されました。
1917年にロシアから独立を果たすと、いよいよ新しい国家としてモダニズムを推進していく中、ガラス製作所でもデザイナーが起用され、1930年代にはガラスにもフィンランドらしさが芽生えてきました。世界的な建築家として知られるアルヴァ・アアルト(1898~1976)と妻アイノ(1894~1949)、グンネル・ニューマン(1909~1948)といったパイオニアたちによるガラスのデザインは、独特の有機的なフォルムが新鮮な衝撃を与え、国際的な評価が高まりました。
しかし、その名声を決定づけたのは、戦後の1950年代。ヌータヤルヴィ・ガラス製作所のアートディレクターを務め、新しい素材や技術にも果敢に挑戦したカイ・フランク(1911~1989)をはじめ、極北の自然を洗練されたデザインへと落とし込むタピオ・ヴィルッカラ(1915~1985)、抽象的なガラス彫刻に長けたティモ・サルパネヴァ(1926~2006)、ガラスに色彩と動きを加えたオイヴァ・トイッカ(1931~2019)など、卓越した創造性を持つデザイナーたちが次々とガラスのデザインを手がけ、フィンランドの自然や風土を反映した独創的な造形を打ち出していきました。このような革新的なガラスの造形は、作家の創造性とガラス製作所、熟練の職人による高い技術力との幸福な協働なくしては、決して生まれ得ないものでした。