1995年に発生した阪神・淡路大震災から、今年の1月17日で30年になりました。当時、兵庫県神戸市で被災し、その後は「人と防災未来センター」(神戸市中央区)の語り部として20年以上活動している秦詩子さんに、災害への備えについて話を聞きました。
<防災の原点は「人」>
――阪神・淡路大震災で被災された秦さんが考える、災害への備えとは?
【秦さん】 最近特に感じるのは、防災の原点は「人」だということですね。近年、食糧備蓄や防災グッズなどの防災情報は、ネット上にたくさんあふれています。確かに大切なことですが、まず一番に考えていただきたいのは“人とのつながり”です。
阪神・淡路大震災発生後に炊き出しをしていたとき、周りには知らない人しかいなくて、手伝おうにも手伝ってもらおうにも声がかけられなかった。自分たちのご飯が欲しいからと手伝ってくれる人がたくさんいて、最初は、その人たちがどこの誰かもわかりませんでした。あとから、その人たちの多くが同じマンションの人だということに気づいたんです。
だから、もしも私たちがもっとつながっていれば、皆が一気にひとつの大きな力となって動けたのになと、今は思うのです。ですから、ご近所の人、それからいろいろな会の仲間たちとのつながりを大切にしてほしいと思います。
――ご近所付き合いなど人とのつながりが、年々希薄になっているように感じますよね。
【秦さん】 確かに、ご近所付き合いを面倒に感じる人や、プライバシーの観点からあまり関わりたくないと思う人もいらっしゃるかもしれません。
「つながって」というと、何か物を持って行ったり、どこかに一緒に行かなければならなかったりと思うかもしれませんが、そうではなく、「おはよう」「こんにちは」「お元気ですか」という言葉だけ、顔つなぎだけでもいいんです。顔見知りであれば、災害時にスムーズに声をかけあうことができます。
――人とのつながり、大切ですね。秦さんは当時、人の優しさに救われることも多かったですか?
【秦さん】 多くの人々が亡くなって周りを見るのが嫌で、外に出て行けば訃報がたくさん聞こえるから、どこかに行くのも嫌でした。
私が生活していた避難所では、「一人にならんとこな(ならないでおこうな)」が合言葉でした。誰もいない場所で一人きりになると涙が止まらなくなる。そんなときに誰かがそっとそばで寄り添ってくれるだけで、本当に心が救われたんですね。避難所で生活している人たちが家族のような存在で、被災して改めて、人の温もりがこんなにも心の支えになることを感じました。
ご近所付き合いが希薄になり、SNSでのやりとりが多くなっている今だからこそ、周りにいる人たちと顔の見える関係を築いておいてほしいなと思います。お金をかけずに誰もが今日から実践できることですので、勇気を振りしぼって、まずはひと言でも挨拶をしてみてください。