
知恩院への移設は、アイルランドパビリオンの日本庭園風のランドスケープを設計した辻井博行氏が、知恩院の方丈庭園を管理するなどの“御用達”で、創業100年を越える辻井造園(本社・滋賀県大津市)の三代目だったことがきっかけ。
比叡山麓坂本に伝わる穴太衆(あのうしゅう)の石積み技術を受け継ぎ、寺社や町家の庭園、文化財庭園の修復に携わってきた。




辻井氏は2年前、アイルランド南西部の都市・コークで石積みを依頼され、「穴太(あのう)積み」で石垣を作った。「庭師と石積み、『二刀流』です」と笑う。
加工せず、自然の形を生かしつつ石を積んでいく技術は、戦国時代の城郭や寺院に用いられた。ウォルシュ氏との出会いもこの頃だった。




大阪・関西万博の開幕翌日、辻井氏はウォルシュ氏を連れて京都を案内した。そして知恩院を訪れた。「ふだん私が手掛けている庭園を見てもらいたくて」。
ウォルシュ氏は広大な境内に足を踏み入れた瞬間「マグナス・リンの移設先はここだ」と思ったという。

大阪・関西万博は熱狂的な盛り上がりのなか閉幕。会場・夢洲から紅葉が色づき始めた京都・東山へ運び出し、11月14日午後に組み立て作業が行われた。






