ドラァグクイーンのサマンサ・アナンサとネオ昭和アーティストの阪田マリンが木曜日にパーソナリティーを務める番組『Clip』(ラジオ関西、月-木午後1時~)で、「昭和のゲーム」についてトークしました。
いまの時代のゲームといえば、コンピューターを使ったリアルなゲームなどが思いうかびますが、昭和の時代はどうだったのでしょうか?
昭和40年代ごろまでは、将棋、トランプ、オセロ、大人だと花札などで遊ぶことが多かった時代。その後、ボードゲームが定番となり、いまも進化し続けている人生ゲームや野球盤などがゲームとして親しまれていました。
なかには、子ども向けマージャンとして知られる「ドンジャラ」も。さまざまなゲームが登場しましたが、まだまだアナログスタイルで楽しんでいた時代です。
ゲームではないものの、1970年代にはヨーヨーブームが到来。これは、のちのスーパーヨーヨーやハイパーヨーヨーへと進化していくのですが、1970年代に起こったブームのきっかけをご存じでしょうか?
じつは、ブームを引き起こしたのは、飲料会社の販促グッズでした。それまでは、ただ上下させて遊ぶだけだったヨーヨーに“技”が生まれたのも人気の要因なのではないでしょうか。
当時は、海外から日本各地へヨーヨーチャンピオンが訪れ、「犬の散歩」「輪投げ」などの技を披露して教えてくれたといいます。参加した人たちもきっといますよね。
その後も、『スケバン刑事』などの影響から周期的にヨーヨーブームは訪れています。1970年代後半には、同じ飲料会社の販促グッズ「バンバンボール」も子どもたちの間で大ヒットしました。これは、しゃもじ型をしたプラスチック製のラケットとゴムひもでつながれた小さなボールでできていて、ドリブルをするようにして遊ぶものでした。
家庭用テレビゲームとして最初に登場したのは、1975年に発売された「テーブルテニス」だそう。モノクロ画面の左右にボールが飛んで、それを打ち返すというシンプルなゲームです。持っている友人の家に入りびたりになった世代も多かったと聞きます。
その後、家庭用ゲームとして、いわゆる「ブロックくずし」が発売されます。さまざまなアレンジバージョンも登場したそうで、なかでも、ピエロをシーソーで飛ばして、上を飛んでいる風船を割るゲームがヒットしたそうです。





