大学がある六甲台という高台から南へわずか3キロの場所で、将来にわたって大量の二酸化炭素を排出し続ける発電所が動き始めた。当初、問題を“自分事”として関わろうとしといたわけではない。むしろ、「神戸で暮らし、たまたま知ってしまった」という気持ちから。そして「その声が届く範囲を少しでも広げたかったから」と思った。

裁判はひと区切りを迎えた。司法の場では、気候変動によって「いつ、どこで、どのような災害に遭うのか」は予測が難しく、その危険はまだ具体的に迫っていないとして、主張を退けられた。「災害への不安も、将来起こるかどうかわからない抽象的なものにすぎず、法的に守る対象にはならない」との判断だ。



阪神・淡路大震災も、起こる前は「いつか」起きるかもしれない出来事だったはずだ。その「いつか」が、ある日突然、現実になる。
気候変動による災害も、いつ、どこで起きるのかは正確には分からない。一方で、気候変動は、人間の活動が原因で進んできたものである。大量にエネルギーを使い、温室効果ガスを出し続ける経済活動を見直すことは、未来の災害を減らすことにもつながる。
現在は、自治体の気候変動対策、計画に関わっている。


今井さんは、「いつ自分事になってもおかしくない出来事は、災害だけではない。身の回りにたくさんある。視線を少し外に向ければ、同じ構図は世界にも広がっている。紛争で住む場所を追われる人、干ばつや洪水で暮らしを失う人。遠い国の出来事のようでいて、私たちが選んできた社会のあり方と無関係ではない」と話す。
これからも起こりうる災害が、“人災”によって広がることがないよう、今井さんは気を引き締める。「私は大きな災害を経験していない。でも環境問題も災害も、“まだ起きていないから”といって目を背けていると、ある日突然、現実になる。深刻になる前に備えておかなければ」。





